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組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

その「対外呼称」って本当に必要ですか?

 おはようございます。 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 台風も去り、すっかり秋の気候になりましたね。東京地方は今日は雨ですが。

 今日はこちらの話の続きです。いよいよ本題に入ります。

「昇進」と「昇格」の違いって? - hrstrategist’s blog

「役職」と「資格」、「職位」の違いって? - hrstrategist’s blog

 前回のエントリでは、「支店長代理」、「担当部長」、「課長補佐」、「店長代行」といった"タイトル"について次回解説をする、という形で一旦区切ったのですが、この手のタイトル≒対外呼称(という表現もされます)は日本の企業では多用されているように思えます。思いつくだけでもこれだけあります(もっとあるかも)。

・〇〇代理
・〇〇代行
・〇〇補佐
・担当〇〇
・専門〇〇
・サブマネージャー
・アシスタントマネジャー

※副○○は、「副大統領」のように、役職者が何らかの理由で不在となった際にその立場を引き継ぐ、という役割が明確であれば、「あり」だと思います。

 以前いた会社では、「副〇〇長補佐」というのもありました。もはや何だかわからないですね。

 一般的には、この人たちには役職者(例えば部長、課長)のような権限、責任はなく、そういう意味でこれは「役職」ではなく、単なる「呼称」にすぎません。

 では、単なる「対外呼称」に過ぎないこのような"タイトル"がなぜ多くの日本企業で広まったのでしょうか。

 このあたりの経緯について、八代 充史氏の論文では以下のように解説されております。

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なぜ 「名ばかり管理職」 が生まれるのか

http://eforum.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2009/04/pdf/038-041.pdf

「資格制度とは, 役職とは別に, 従業員の序列や能力を示すための制度である (八代 2002)。 資格制度の典型的な例は,大佐, 中佐といった軍隊の階級であり, 企業の人事管理においても, 明治以降身分的資格制度から年功的資格制度を経て, 現在は従業員の職務遂行能力の職能資格制度として運用されている。」

「特に, 1970 年代以降は, 役職と資格を分離して, ラインの役職につか (け)ない者の処遇を役職者と同等に行うことが, この制度の重要な側面だった。 資格制はかつてのような身分や年功ではなく, 従業員の職務遂行能力を表す指標であるから, 同一資格にある者は同一能力であるという「物語」 を浸透させることによって, 役職につかない管理職も, あたかも彼らが役職者と同等であるかのごとく処遇された。」
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 役職に似せた、紛らわしい「呼称」をわざと使うことで、職能資格制度の年功的運用(制度そのものではなく、運用に問題があった点を強調しておきます)によって資格(等級)のみが上がった従業員たちへの役職不足を補い、かつ、彼ら(彼女ら)が対社内、対社外的に「偉いらしい」と思わせ、同時に対象者自身の承認欲求を満足させるため、という解答で概ね正解であると思われます。資格・職位の名称(「主査」「主事」などの名称がよく使われますね)は一般的には役職ほど馴染みがないので、役職に似た、紛らわしい「呼称」をあえて使いたがる会社が多いということでしょう。

 ひどい(?)会社になると、「担当〇〇」といったものを入れず、「〇〇本部 部長」のように「部長」、「課長」自体を役職としてでなく呼称として使う会社もあるようです。

 呼称を付与してもコストは掛かりませんので、それだけでモチベーションが上がり、頑張って働いてもらえるのであれば、経営者にとっては美味しい話です。また、職能資格制度(の年功序列的運用)においてその人がそれなりに高い給料を払うそれらしい「理由づけ」にもなります。

 加えて、格付に紐づく(厳密な)資格・グレードと異なり、対外呼称はある程度対象の資格・グレードの幅をもたせて使うことが可能です。さらには、会社によっては現場の裁量で使えてしまうこともあり、安易に使われやすいという面もあるでしょう。

 結果として、対外呼称の運用は、対象者の「実力」より上位(に見える)呼称を乱発する「インフレ」になりがちです。そうなると、その会社の対外的な信頼度は下がります。「あんなやつが担当部長なんて大したことない会社だな」などと思われる訳です。また、採用・転職のマーケットでも同様に、「○○社の部長代理なんて「名ばかり」だから全然信用できないから、採用しないほうが良いよ」と採用担当者に思われる危険性もあります。

 また、法律的な話として、「表見代理」に伴うリスクがあります。

表見代理 - Wikipedia 

 簡単に言ってしまうと、対外的に「偉い」と思われるような人(この場合は対外呼称が与えられた人)がその肩書を利用し、勝手に「会社の意思表示」をした結果トラブルを起こしたとしても、会社は責任を逃れられない、ということです。

 この辺に関しては以下のサイトが参考になります。

名刺における肩書きについて - 『日本の人事部』

 この「対外呼称(タイトル)」に対する私のスタンスは以下の通りです。

 もし会社が「(成果・能力・市場価値等に応じた)フェアな処遇」を標榜するのであれば、「対外呼称」は多用しないほうが良いし、少なくとも「役職」に似た紛らわしい呼称は使用すべきでないと考えます。

 人事制度のあり方は会社が従業員に発するメッセージです。安易に実力以上かつ役職と紛らわしい「呼称」を与える事は、「フェアな処遇」という考え方とは相容れず、会社のメッセージの一貫性が崩れ、ボヤけます。また、本来の実力、貢献度を本人が誤解する原因ともなります。さらには、曖昧な「呼称」であるがゆえに、それが実態に合わないからといって容易に「呼称」を取り上げることもやりづらいものです。

 旧来からある伝統的な企業が対外呼称を使用すること自体には歴史的経緯と相応の理由がある訳で、それに対してどうこう言うつもりはありません。そのような企業では前例・継続性が重視されるでしょうし、労組を説得するのも大変だと思いますので。

 ただし、これから人事の仕組みを作りこんでいく必要があるベンチャー・成長企業に関しては、「悪いことを言わないから、およしなさい」とアドバイスするでしょう。「対外呼称」文化・慣習は、あくまで「職能資格制度の年功的運用」の結果として生じた苦し紛れ、その場凌ぎの処置に過ぎないのです。

〇余談1
 公務員の場合には「標準的な官職」というのが政令で定められているそうです。これを見ると、「課長補佐」という名称は官職とされていますね(不思議な感じがしますが)。

http://www.soumu.go.jp/main_content/000011020.pdf

 「官職」の意味は、新明解では、以下とされています。

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官職:役人の官制によって定められた職務上の地位。
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 「地位」なので、本来は役職のニュアンスに近いかと思われますが、ここでの実態は、資格・グレードの違いを表すニュアンスが強いようにも見受けられます。よく、公務員の方の"偉さ"を表現するのに「課長級」などという表現をつかいますよね。この辺の曖昧さは、日本においては昔から伝統的であるのかもしれません。

〇余談2
 民法では、「代行」と「代理」は全く意味が異なります。

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「代理」では、代理人が、与えられた代理権の範囲で「自らの意思決定」に基づいて代理行為を行います。

 一方、「代行」では、代行者が、自ら意思決定をすることはできず、「本人の決定した意思を伝達、表示」するのすぎません。

「代理」と「代行」の違い | 北九州の行政書士富山致(とみやまいたる)のブログ

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〇余談3
 日本企業の(対外)呼称の導入・運用の歴史を調べようとGoogle Scholarで検索してみましたが、この辺の話を説明してくれている論文を見つけることがまだ出来ておりません。
「労働図書館」あたりに行けば適切な資料はあるのでしょうか。。

Google Scholar

http://scholar.google.co.jp/

労働図書館

労働図書館|労働政策研究・研修機構(JILPT)

〇余談4

 職能資格制度の歴史的経緯、意義については否定する気は毛頭ありません。私が前職時に全面刷新を行った楽天の評価・報酬制度は「職能資格制度の発展形である」と、以前より明言しておりますので。