hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

電通過労死(過労自殺)事件について

 こんばんは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 日本最大の広告代理店である株式会社電通に勤務していた新入社員の自殺(昨年12月)に関し、三田労働基準監督署が「労災」の認定をしたニュースが反響を呼んでいます。大変痛ましい事件です。

www.yomiuri.co.jp

business.nikkeibp.co.jp

www.corporate-legal.jp

 就職ランキングでも常に人気企業である「電通」の、東大卒の女性が当事者であるということで、多くの方に「意外感」をもって受け止められたこと、また、旧態依然たる多くの日本企業の象徴として捉えられたことなどがその理由なのでしょう。

news.mynavi.jp

 実に多くの人やメディアから様々な考察が出ておりますので、ここでは組織人事ストラテジストとして伝えたいことにポイントを絞って考察したいと思います。

■ポイント1 労災認定の意味
 「月間の残業時間105時間」という数字をみて、「その程度の残業時間なら大したことは無い」「原因は別にあるでは」などと述べている人もいたようですが、認識を間違えています。

 ご本人のTwitterの投稿を拝見する限り(後日非公開になったようです)では、実態は月105時間では済まないレベルであろうと思われます。本人から会社に申告された時間を集計すると月105時間であったに過ぎず、実労働時間はずっと多かったのでしょう。

※下記の記事によれば、時間外労働時間について労働基準監督署は「月105時間」と認定しているが、弁護士が調べたビルの入退館記録によると「月130時間」で、一方会社は社員に「月70時間」を超える時間外労働を申告しないように指導していたとのことです(10/15追記)。

mainichi.jp

 労働基準監督署は、本人の労働時間を厳密に精査はしていないと思われます。というのも、労働基準監督署は労災認定をするガイドラインを定めており(下記)、「過労により精神障害を発症し、自殺に至った」として労働災害をを認定するには「残業105時間」で十分であったということです。
(おそらく、「長時間労働」要因に加えて、心理的負荷の掛かる、パワハラ等の「出来事」があったと認定したのでしょう。)

精神障害の労災の認定」

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120215-01.pdf


 遺族はこれから会社を相手に裁判を起こすことになるでしょう。そこでより詳しく状況が明らかになります。状況的に会社の安全配慮義務を問われて裁判でも負けるのは確実でしょう。

 なお、新入社員の過労自殺、過労死という類似の事例は「ワタミ」「大庄(庄や)」などが過去にあります。いずれも労災認定だけでなく、裁判でも会社の過失を認め、多額の賠償を命じるものとなっています。また、それだけでなく、「電通」自身が25年前に同様の事件を起こしており、この件の判例は「電通事件」として有名な判例となっています。

kokoro.mhlw.go.jp

www.sankei.com

www.minpokyo.org

 なので、「電通」という社名がでると、「またか」「なぜ?」と思うのです。

■ポイント2 会社の対応の何がまずかったのか
 本件の会社側の対応の問題点は、以下の2点です。

①会社(上司)が過重労働を強要し、発症の原因(ストレッサー)となった。
②上司や同僚が本人の変化(おそらくうつ病の発症)に早く気づいて、しかるべき処置(休ませる)を取らなかった。

 本人の能力やストレス耐性等の他の原因(理由)については、現時点では分からない部分がありますが(今後裁判で明らかになるでしょう)、どんな理由であれ、本人が「死んでもよい」理由にはなり得ません。このような事態を防げなかったことに対して、(かつ労災認定までされている状況において)会社と当事者は責任を負うべきでしょう。

 そこで思うのです。この会社は25年前の事件を教訓にしなかったのか、社員が自殺したという重み、痛みをどれだけ社員は認識していたのかと。「電通事件」が再発されないように職場で語り継いでいるのか、それとも「過去の汚点」としてなかったことになっているか。25年前にしても今回にしても、関係者は何らかの責任を取っているのか、それとも不問のまま出世していったのか。。

 実際のところ、電通の経営陣・人事が過去の事件を知らない、認識していないはずはないのです。だとすれば、そこに未必の故意(または悪意がある)と思われても仕方がないでしょう。
 「同じことが起きてもまた金を払えばいいや」位にしか思っていなかったのか、それとも単に「バレなければいいや」と思っていたのか。悪質さで言えば、例えば度重なる違反が発覚した三菱自動車のような事例に似ているように(個人的には)思えます。

■今後の展開
 今回話題になったのは、「労災認定された」というニュースなので、裁判の時のように細かい事実はまだ表に出てきていません。一方で、今後本件が裁判となった場合には、いろいろな事実・情報が判明していくことになるでしょう。

 そうなれば、会社(電通)に対する風当たりは現状の程度では全く済まなくなるでしょう。下手をすると「ワタミ」のような激しいバッシングが起きる可能性もあります。関係の深いテレビはあまり踏み込んだ扱いはしないかもしれませんが、一方で、「PCデポ」の事例のように、今やインターネット上での「炎上」の影響力は侮れませんから。。

■教訓
 本件から我々(経営者)は何を学ぶべきでしょうか。何らかの形で人を雇っている経営者は、すべからく本件を、「全く他人事ではない」と認識すべきです。

 過労死の問題は、「残業代を払えばいい」というお金の問題ではありません。過重労働と職場環境の改善に関して「安全配慮義務」を果たすことは会社の最低限の義務です。そして、「最低限」のレベルに達していない会社は「ブラック企業」として糾弾されることも甘受せざるを得ないと認識すべきです。

 また、「嫌なら自分から辞めればいいんだ」と経営者が開き直るのも危険です。当人が精神疾患を発症してしまった際には、本人が合理的判断をすることが出来なくなっている可能性があります。だからこそ、上司(と同僚)がその状況にいち早く気づき、適切な対応を取ることが重要です。「安全配慮義務」は、そこまで踏み込んだ対応を会社に求めていると理解すべきです。

 最後に一言。ご本人も、ご家族も、このような事態に至ったことはさぞかし無念だと思います。故人のご冥福をお祈りします。

参考:過労死等防止対策白書

www.mhlw.go.jp