hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

大谷選手のエンゼルス移籍と「囲い込み」の功罪(2)

 こんにちは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。先月中旬にスキーで転倒、骨折をしてしまい、更新が滞ってしまいました。。今年は健康第一で良い年でありますように。。

 前回のエントリでは、日本ハムファイターズ大谷翔平選手のメジャーリーグ移籍の話と、それに関連して、大谷選手を育て、メジャーリーグに送り出したファイターズと、比較対象として読売ジャイアンツの選手のキャリアに対する姿勢の違いについて解説しました。

前回のエントリ

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 「この構図って何かに似ていませんか?」と最後に書きましたが、その続きです。

 私が感じたのは、ジャイアンツの考え方は従来型の(就職ランキングの上位に入るような)日本の一流大企業に似ているな、ということです。

 昔のいわゆる「一流大学」の学生は、そのような(ドメスティックな)一流大企業への就職を目指しました。ところが、今や優秀な学生はむしろ外資系の投資銀行コンサルタントなどを就職先として優先的に選ぶようになり始めています。さらに、その中でも特に優秀な人なら、日本の企業に就職先を限定せずに、自分の希望に合った会社を海外で見つけて就職することも珍しくないようになりました。

 そのような意識の変化の前提として、彼・彼女達は最初に就職した会社で一生勤め上げることに重きを置いていません。一旦入社したら生涯安泰であっても、その代わりキャリアの選択肢は会社に委ねるという制約条件をリスクと考え、むしろ忌避しているようです。

 その代わりに、主体的に自分のキャリア・市場価値を高めるために何をどのタイミングですべきか、就職先(候補)がどのような職場環境で、どれだけ裁量を持てるのか、周りの同僚は優秀で互いに高めあうことができるのか、さらには自身の価値に対して十分に報酬が見合うのか、そのような考えで就職先も選ぶようになって来ているように見受けられます。

 そのような評価軸をしっかり持っているからこそ、より良い環境・条件が提示されればそちらに転職することを彼・彼女達は躊躇しませんし、雇う会社も「去る者は追わず」でそのような人をを強く引き留めません(大谷選手に対するファイターズの姿勢はまさにそうでした)。もし本気でその人を引き留めたいのであれば、雇い主はその人が満足するだけの好処遇を予め(ケチらずに)与えておくべきなのです。

※参考
「従業員から「辞めるぞ」と脅されて報酬額を上げるということは、その人にこれまで会社が払っていた報酬水準が誤りであったと会社が認めたということです。」

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 つまり、人材を囲い込む「ジャイアンツ」型企業よりも、一定の期間で貢献をしてくれればそれで良いという「ファイターズ」型企業の方が、少なくとも優秀(とされる)若者たちからは支持され始めているのです。

 こうした傾向は、従来の「ジャイアンツ」型大企業で採用活動を行っている担当者の中で認識している人たちも少なからず存在します。ところが、ほとんどの企業は残念ながら従来の「ジャイアンツ」型を維持し、「ファイターズ」型への移行を躊躇しているように思われます。

 なぜ、「ジャイアンツ」型企業は変わることができないのでしょうか。

 それは、過去の成功体験に囚われた年配者(概ね50歳前後(バブル世代)以上)が変化を阻害しているからではないでしょうか。

 多くの従来型大企業の場合、典型的な出世のパターンは、役員登用が50歳代、社長になるのが60歳過ぎというものでしょう。現場の担当者(20歳代~30歳代)やその直接の上司(40歳代)が、採用市場の変化を痛感し、自社の採用選考基準や報酬制度の変更を提案したとしても、現時点で自社にいる(特に幹部)人材は皆旧来型の基準で採用され、社内でキャリアを作ってきた人たちなので、新しいやり方に対して漠然とした不安を持ち、否定的になるのも無理がないかもしれません。

 また、その組織がいわゆる「減点法」の人事評価を行い、「とにかく失敗しない(会社がさせない)人」が出世するような組織風土の元では、新しい「ファイターズ」型を目指して失敗するリスクよりは、従来のやり方を踏襲して将来的にジリ貧になったとしても、自分が在職している間に逃げ切れればその方がマシ、と考え、変化を嫌うインセンティブが働くのも無理がありません。いわゆる「茹でガエル」状態です。

 さらには、外野の「世論」が変化を阻害する要因になる場合もあります。ジャイアンツの場合には、ファンはおそらく「ファイターズ」型のチームにジャイアンツが変化することは望まず、あくまで従来の「ジャイアンツ」型で、昔のように強くなることを望んでいるのでしょう。

 企業の場合は、「相談役」などのOB役員がそのような存在になっているのかもしれません。「(自分たちが現役の頃の)昔はうまくいっていたからやり方は変えてはいけない。今うまくいかないのは、(現役の)お前たちの努力と根性が足りないからだ」という理屈(?)です。

 この手の「OBの理屈」の典型が、よく話題になる元プロ野球選手の張本勲氏のコメントです。自分たちが現役の頃と比較して、「昔は良かった。今はダメ」と今のプロ野球の現状を批判します。
(このようなコメントをすると、実際にテレビを見て視聴率に貢献している、(主に高齢の)視聴者が喜ぶということは計算済みでしょう)

「(大谷選手に)あれぐらいのバッティングは米国なら掃いて捨てるぐらいいる」

www.sanspo.com

「(イチロー選手に)戻ってほしくないわね。行ったり来たり、芝居の幽霊じゃない。荒らされますよ、日本のプロ野球界が」

www.sanspo.com

※年齢が高い人が皆そのような傾向を持つ訳ではない点は注意。たとえばイチローの師匠の故・仰木彰氏は張本氏(1940年生まれ)よりも5歳年上(1935年生まれ)です。

 では、この場合どうすれば良いかというと、結局現役の方たちが内部から変革を進めるしかないのでしょう。たとえそれが容易ではないとしても。。それができなければその企業は優勝劣敗で市場から淘汰されていくか、または(JALやシャープのように)資本と経営者が刷新されることになります。


 以下、結論です。

 「優秀な人は囲い込むことができない」という前提で企業は人材を採用、処遇し、たとえその人材が数年間しか在籍しないとしても、その期間にしっかり貢献してもらえばよいと割り切るという姿勢を示さないと、本当に優秀な人材は獲得できなくなっています。

 真の優秀人材を獲得するためには、その契約が雇用契約でも業務委託契約でも構わないし、場合によっては副業で関わってもらう形態もあり得ます。ただし、これは単に相手の希望に合わせれば良いという訳ではありません。あくまでその人材と会社の双方にメリットがある形を常識に囚われず追求しましょうということです。そのような(大谷選手の二刀流をあえて認めるような)処遇を柔軟に提示できる、「ファイターズ」型の企業には優秀な人材が自ずと集まります。

※参考

hrstrategist.hatenablog.com

 一方で、そこそこの人材を集めて、そこそこ以上の業績を目指すという戦略もあり得ます。その場合、従来の「ジャイアンツ」型にも依然メリットはあります。プロ野球の世界でいえば、メジャーリーグMLB)「を目指すほどのレベルではない選手であれば、日本(NPB)のチーム中で相対的に処遇の良いチームを選ぶのは合理的です。ただし、そのような企業には真に優秀な人材は集まらないというリスクは認識する必要はあります。

 張本氏のような年配者が「昔は良かった。現状は嘆かわしい。」といくら文句を言っても大谷選手やイチロー選手のような超一流人材や、清宮選手のような「超一流候補」は「ファイターズ」型企業に集まるという大筋の流れが逆戻りすることは、もうありません。現実を直視し、自社の経営理念に適合し、経営戦略の実現に必要な採用戦略・人事戦略はどのようなものか、ぜひ考えてみてください。

 では、Have a nice day!