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「AI読み」の傾向と対策(2)

 こんにちは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。前回のエントリから1ヶ月以上空いてしまいました(クライアント某社向けの管理職研修の準備に忙殺されていました)が、その続きとなります。

前回の記事と、関連書籍

hrstrategist.hatenablog.com

  

 前回は、「多くの日本人(大人も含まれます)の読解力が意外な程低い」(上記記事ではその傾向を「AI読み」と表現をしています)という記事の紹介(最近では、テレビなどのでも取り上げられているようですね。)と、この「AI読み」を克服するために必要な訓練は、論理性(論理的思考)と国語力を鍛えることではないか、とした上で、論理性を鍛える方法として注目されている「プログラミング的思考」について紹介しました。
 
今回のエントリでは、もう一方の要素である、「国語力を鍛えるにはどうすれば良いか」について考えてみたいと思います。

 まずは、ここで言う「国語力」をどう定義するかです。

 再度「新明解 第三版」で調べてみると、「国語力」という単語はありませんでしたが、「国語」については以下のように書かれていました。

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国語:一 それぞれの国家を支えている国民の使用する言葉を、自分たちのものとして意識した時の称。[わが国では日本語を指し、かつ それが公用語となっている]
二 教科の一つ。「国語」を正しく読む・書く・聞く・話す能力を段階的に高めることを目的とする。国語科。
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 国語力は、2番目にある、「正しく読む・書く・聞く・話す能力」と捉えてよさそうです。
 
 また、「国語力」というキーワードでググってみると、文部科学省のサイトにたどり着きました。どうやら平成14年~16年に文部科学省内の「文化審議会」にて議論され、最終的に答申されたもののようです。

(それぞれのページにリンクが貼られていないのが微妙な感じですが…)

これからの時代に求められる国語力について−はじめに

これからの時代に求められる国語力について−I これからの時代に求められる国語力について−第1 国語の果たす役割と国語の重要性

これからの時代に求められる国語力について−I これからの時代に求められる国語力について−第2 これからの時代に求められる国語力

これからの時代に求められる国語力について−I これからの時代に求められる国語力について−第3 望ましい国語力の具体的な目安

文化審議会 - Wikipedia


 ここでは、国語力を以下の2つの領域で捉えているようです。

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1.考える力,感じる力,想像する力,表す力から成る,言語を中心とした情報を処理・操作する領域
2. 考える力や,表す力などを支え,その基盤となる「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」の領域
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 そのうえで、4つの力を以下のように定義しています(もっと端的に表して欲しいところですが)。
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【考える力】とは,分析力,論理構築力などを含む,論理的思考力である。

【感じる力】とは,相手の気持ちや文学作品の内容・表現,自然や人間に関する事実などを感じ取ったり,感動したりできる情緒力である。

【想像する力】とは,経験していない事柄や現実には存在していない事柄などをこうではないかと推し量り,頭の中でそのイメージを自由に思い描くことのできる力である。

【表す力】とは,考え,感じ,想像したことを表すために必要な表現力であり,分析力や論理構築力を用いて組み立てた自分の考えや思いなどを具体的な発言や文章として,相手や場面に配慮しつつ展開していける能力である。
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 ここでの定義ですと、論理性(論理的思考)は国語力の一部である「考える力」に含まれていますね。残りの3要素に関しては、「AI読み」とは、感じ取ったり、推し量る以前に「そこに書いていることを書いてある通りの意味に読み取れない」という、「そもそもの問題」なので、ここでは脇に置いておいてよさそうです。

 そうなると、ここで考慮すべき国語力の要素は、「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」の領域であるということになります。

 上記答申では、「国語の知識」や「教養・価値観・感性等」について、以下のように言及されています。

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・基本的には読書などの方法を通じて生涯にわたって形成されていくものであるが,前者の「国語の知識」については学校教育の果たす役割が極めて大きい。

・「国語の知識」とは具体的には,
(例) 1 語彙(個人が身に付けている言葉の総体)
2 表記に関する知識(漢字や仮名遣い,句読点の使い方等)
3 文法に関する知識(言葉の決まりや働き等)
4 内容構成に関する知識(文章の組立て方等)
5 表現に関する知識(言葉遣いや文体・修辞法等)
6 その他の国語にかかわる知識(ことわざや慣用句の意味等)
といったようなものである。
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 この答申は、「国語力」を定義することが目的であり、これらの要素を鍛えるには具体的にどうすれば良いか、という点については残念ながら言及されておりませんが、要はテクニカルな「国語の知識」と、文章を読んで意味を取る際に「あれ、おかしいな」と気付くための「知識・常識」の蓄積(例えば1+1=3という式を見ておかしいと感じるには、数字と記号のそれぞれの意味を知っており、さらに1+1=2であるということを知っている必要がある)が必要であるということでしょう。

 これは、英語がそれほど得意でない人が英語で文章を読む状況にそのまま置き換えることができます。単語力と文法力が高くないと、簡単な文章ならともかく、難しい単語や慣用句、文法の意味を正確に取るのが難しくなります。分からない箇所があっても辞書に頼らずに文章を理解しようとすると、「書いてあることの意味が読み取れない」AI読みと同様の結果になります。よって、上記の「国語の知識」とは、(母国語である)「日本語の語学力」と言い換えることが出来ます。

 これを克服するためには、語学の勉強と同様に、時間を費やして単語力、文法力を上げていくしかないのでしょう。

 もう一方の、「教養・価値観・感性等」については、これはもう、良質の本や記事を読むことや、知人・友人たちとの交友などによって質量共に高いインプット(時にはアウトプット)をしていくしかないのでしょうね。


ライフネット生命から立命館APU学長に就任された出口治明さんの「教養」本はこちら。

  この話、まだ続きます。

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