hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

「即戦力採用」の罠(3)

 こんにちは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 6月に入りましたが、東京地方はまだ湿度も低く爽やかな気候です。冷たい風が吹いてくれるのが嬉しいです。どうやら数日内に梅雨入りするとのこと。良い季節は本当に短いですねえ。。

さて、これまで、「即戦力採用」人材は実は全然「即戦力」でなかったのではないか、定義・基準が曖昧なまま「即戦力採用」という言葉に拘るのはむしろ害悪になるのではないか、という話をしてきました。

hrstrategist.hatenablog.com

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 とはいえ、たとえ「即戦力採用」と謳わなくても、採用する人が結果として「即戦力」であるに越したことはありません。それはどのような人でしょうか?

 「結果として即戦力となりやすい」人材とは、「異なる環境に柔軟に対応・適応できる力」がある人ではないでしょうか。

 たとえ同じような類の仕事でも、組織・会社によって異なる「組織文化」が存在し、意思決定の優先順位や仕事の進め方はそれぞれの組織において異なります。しかも、そのような独自の「しきたり」は明文化されておらず(暗黙知です)、組織の中で経験を積んで「振る舞いかた」を徐々に学ぶ必要があります。

「組織文化」の解説

組織文化とは―

※参考図書

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■いくつかの「組織文化」の事例
・某メガバンクでは、合併前の出身行によって札束の数え方(札勘)が違ったそうです。なので、札勘を見ると「あの人は〇〇出身」とすぐ分かるらしい。
・「拝承」「毎々」(IMEの変換で出た!)など、その企業でしか用いられない「独自の言葉」というのもあるようですね。

togetter.com

エドガー・H・シャイン先生による、あるIT企業(DEC社)の組織文化が企業の急成長とその後の停滞・崩壊にどのように影響したかが観察・分析されています。
(大変興味深いです)

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 言い換えれば、前職の経験や仕事の進め方がそっくりそのまま新しい職場で通用するような仕事は(ほとんど)ありません。新天地で成果を挙げるためには、新しい組織の文化や慣習等に合わせ、自身の仕事のやり方を(程度はともあれ)変えていく必要があるということです。特に人材の流動性が低いドメスティックな日本企業は、高コンテキストの「言わなくても察する」文化になりがちで、適応の難易度はより高くなります。

 いかにスキルや能力が高くても、そのような組織文化にいち早く適応(adjust)できなければ、それを十分に活かすことができません。自分の考えや前職のやり方に(悪い意味で)頑固に固執していてはうまく行かないのです。

 たびたび野球の事例で申し訳ありませんが、この「適応力」の好事例で思いだすのは、元カープの黒田投手と現ヤクルト青木選手です。それぞれ日本⇒アメリカ⇒日本と活躍の場を変えながら、きっちりと環境に適応し、どの場所でも素晴らしい成績を残しています。

 また、退職した社員が元の会社に戻る「出戻り社員」が注目され始めているのも、組織文化が既知の分、すぐに適応できるというメリットがあるからという面があります(この場合は適応力という能力でなく、職場経験がプラス評価されています)。

toyokeizai.net

 さらに、転職経験それ自体が、自身の「適応力」を高める鍛錬の機会になるという側面もあります。これについては以前のエントリ(以下)で触れました。
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hrstrategist.hatenablog.com「(1回目の)転職をすると、その人は新しい職場でカルチャーギャップに遭遇することになります」
「比較は「前の職場」と「今の職場」の2つだけなので、どちらが正しくてどちらが変なのかは自分だけでは判断が付きません。」
「2回目以降の転職、つまり3社以上経験すると、状況が変わります。つまり、「多数決」で判断できるようになるのです。」
中途採用の場合は、「2社(できれば3社)以上経験をした方」は、より新しい職場での適応が早く、かつ不適応を起こすリスクが低いのではないかと考えられます。」
「リスクがあると思うのは、長年1社で働いていて、勤続10数年~20数年で初めて転職というパターンです。」
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 という訳で、「即戦力採用」について思うところを3回のエントリに分けて書いてきました。余談ですが、最後に1点だけ気になることを。

 女性タレントが人差し指を立てて「〇〇〇ー〇」と社名を叫ぶ、「即戦力採用」のコマーシャルをよく見かけます。個人的な感想としては陳腐な演出ですし大変にイラつくのですが(上司役の方をドラマで最近お見かけするのは悪役が多いので、余計に胡散臭い(笑))、一方で「大変に興味深い」と感じています。

 というのも、コマーシャルは世の中の状況を映し出す鏡だと思うのです。「即戦力採用」についての一般的な認識を分かった上で、会社側も制作サイドも明らかに意図的にこういうトーンで作っている、確信犯に違いありません。

 私が思うに、このコマーシャルで訴求したいターゲットは人材採用(特に中途採用)に対して従来あまり熱心でなく、懐疑的な会社の経営者です。かなり絞り込んでいまね。「意識の高い」採用担当者は(コマーシャルなど見なくても)とっくにこの会社とサービスを認知しているはずですし、必要に応じて利用しているはずですから、その人たちはターゲットではなく、イライラされても構わないのです(笑)。
 
 そういうターゲットの方たちに、「〇〇〇ー〇」を使うと「即戦力採用」が出来るのか!と期待をさせ、関心を持ってもらうことが狙いなのです。
(一方で、求人系のコマーシャルでは、「仕事バイト探しは〇〇〇〇ー〇」のやつも、「あんまり難しいことを言わないでください」「難しくないのよ」というやり取りなど、物凄く割り切ってターゲット層を絞り込んでいて大変感心します。)

 よって、良い子たちはあのコマーシャルを見て騙されてはいけません。コマーシャルで描かれたのは大げさに誇張されたファンタジーの世界です。むしろ、あえて大げさな演出にすることで、「これは現実ではなく、あくまで誇張したコマーシャルです」と伝えているように感じます。リアルな感じに作り過ぎると、「話が違う」とクレームになりますからね。

 なお、「〇〇〇ー〇」の名誉のために言うと、人事採用界隈では、ミドル層の中途採用ではそれなりに利用されているサービスですよ!

 なお、「即戦力採用」への考えについては、数年前に「人事マネジメント」という専門誌にて記事を書いておりますので、こちらも参考にしてみてください。

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hrstrategist.hatenablog.com

「過去の経験・スキルのうち何割かは新しい仕事で生かせるかもしれませんが、その人が戦力として会社に貢献するためには、残りの差分を自身の力と周囲のサポートで埋めていかなければいけません。」

「「差分をアジャストできるポテンシャルがある人かどうか」の視点が、「職歴・スペック重視」だと欠けてしまう場合が多いのです。」

「「即戦力」を採用してそのまま期待通りの即戦力にならず、期待外れだったことは確かに少なくないな。」

「「欲しい人」の基準が曖昧で、社内でコンセンサスが取れていないのです。そのために、採用に関わる人たちが、それぞれ自分の考えるバラバラな「欲しい人」像を候補者に伝えることになります。」
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