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組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

マタハラ判決と「降格」の意味について一考

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 先週末にご案内した11月13日のセミナーですが、おかげ様で多くの方からお申込みを頂いております。定員まではまだ余裕がありますので、興味がある方はぜひお申込み下さい!

「人事評価制度なんて要らない!? 組織人事ストラテジストが語る、ベンチャー企業の健全な成長を実現する「人事評価・報酬制度」と組織・人事の考え方」
http://jinjibu.jp/seminar/detl/27475/

 さて、先日3回に渡り、「昇格」「昇進」「役職」「資格」といった人事用語の解説をしてきました。

「昇進」と「昇格」の違いって? - hrstrategist’s blog

「役職」と「資格」、「職位」の違いって? - hrstrategist’s blog

その「対外呼称」って本当に必要ですか? - hrstrategist’s blog

 この手の話題は専門的すぎて、なかなか皆さんアクセスしてくれないということが判明したのですが(笑)、懲りずにまたこのジャンルのネタを書きたいと思います。大事な話なので、お付き合いください。

 先週のトピックで「マタハラ裁判の判決」というものがありました。これについて触れさせていただきたいと思います。

“妊娠女性の降格 違法で無効”最高裁が初判断(NHK)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141023/t10015647721000.html

判決文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/577/084577_hanrei.pdf

 裁判の概要は、広島市の病院で勤務する女性が、妊娠に理由に「軽易な業務への転換を請求」した結果、「副主任」を降ろされ、後に産前産後・育児休業後に復帰した所、副主任に任ぜられず、自分より経験が少ない同僚(副主任)の下で働かされることになり、これを不服として裁判を起こした、という流れのようです。

 1,2審では「本人は降格に合意した」「異動先にはすでに管理職がいた」として原告の訴えは認められなかったのですが、最高裁では、降格の際に病院側が処遇に関して十分な説明を行っていないため、「自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない」とし、また、「主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質が判然としない」、かつ、異動前後の業務負荷の差が明らかでないため、降格による減給等の不利と比べて、異動による負荷軽減の有利さが上回っているとは言えないために、この措置は男女雇用機会均等法に違反しており、降格は無効であるという判決となりました。

 この判決でのポイントは、「女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる」ことは原則禁止だが、「本人の承諾」または「業務上の必要性から支障がある場合であって」「(均等法の)趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」には降格が認められるとした点です。
 
 この点について、そもそも「降格」の定義とは何か、具体的には何が「降格」とされるのか、という疑問が出てきます。

 これについて、(いつもの)労働政策研究・研修機構濱口桂一郎氏は以下のように述べています。

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単なるマタハラ裁判じゃなくって・・・: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

「これは結局「降格」ってなあに?という問題なんですね。」

「「降格」ってのは、一般的にはメンバーシップ型の基本構造である職能資格制における上の資格から下の資格へ下げることであって、仕事の中身とは直接関係があるとは限らない、というのが日本型システムにおける定義です。正確には、これは「昇格」の対義語としての「降格」ですね。ですから、仕事の中身ではなく、もらう賃金に直接関わる概念です。」

「ところが、「昇格」にはちょっと意味の違う類義語があります。「昇進」てことばです。実際にはほとんど同義語で使う人もいますが、正確に言うと、昇格と違ってこちらは仕事の中身に直接関わる。企業内の管理監督構造の中でより上のジョブに上がることであって、とりわけ日本ではだからといって昇格するとは限らず、つまり賃金が上がるとは限らないこともあります。」

「では、「昇進」の対義語はなあに?と聞くと、これが「降格」だったりするから話がややこしくなるのですね。」

「判決の事件って、そこがなんだか曖昧でごちゃごちゃしているんですね。」

「この判決を読んでも、「副主任」という「資格」は、一方では実際のリハビリ科とかBとかの業務推進単位における機能的地位であるかのようにも見えるし、一方で管理職手当を出すためのまさに職能資格であるようにも見える、という大変曖昧な印象を受けます。」
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 濱口氏が上記で「曖昧」と言っている論旨は、被告となった病院においての「副主任」というものの定義が、職務に基づいた役職なのか、職能資格の考え方に基づく資格なのかが曖昧だ、という意味です。最高裁の判決が「曖昧だ」と言っているのではない点はご注意下さい。判決ではむしろ、被告の病院においてそこが曖昧であるが故に、「職務・責任を軽くしたから降格した」というロジックは通用しないぞ、と厳しく指摘したということです。

 では、曖昧でなかったらどうなっていたかというと、降格が認められる可能性もあった、ということです。ここ重要です。つまり、ジョブ型・職務給型の人事制度であれば、職務に紐づいて給料が決まる訳ですから、求める職務を遂行できないならそのポジションから外れてもやむを得ないし、給料はポジションに紐づいているので、結果として給料がさがっても、タイトルが無くなってもOKとなり得る訳です。

 なお、降格の意味については全く濱口氏の仰る通りで、私も昇格・昇進のエントリを書いている時に昇進の反対語を改めて調べてみて、「降格」なんだ、と驚きました。それだけが原因ではないと思いますが、多くの企業で、昇格・昇進・降格(両方の意味で)の概念がごっちゃになり、曖昧になっているように思えるのも事実です。

 よって、各企業様におきましては、まずは自分の会社がどのような人事ポリシーを取るのかをはっきりとさせた上で、それと一貫して制度を作り、運用していかなけばいけない、という事です。

 曖昧な部分を残しておくのは、一見会社にとって都合良く見えますが、もし裁判等で争いになった場合は、(一般的に)立場が弱い労働者側に有利な結論になることがほとんどですので、真っ当な経営を目指されるのであれば、そんなリスクを抱え込むよりも、正々堂々と後ろ指を指されないような制度・運用を徹底されることをお勧めいたします。

 では、Have a nice day!