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中途入社時の給料の決め方(2)

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 前回は、「中途入社時における前職給料の保証が必ずしも合理的でない」という話をしました(下記参照)。今日はその続きです。
 

中途入社時の給料の決め方(1) - hrstrategist’s blog

 今回のエントリでは、「入社時給料は必ず間違える」という前提の元で、中途入社時に決めた最初の給料を「修正できるのか」「どう修正するのか」についての話となります。

 まずは「修正できるのか」。

 昇給は本人にとって良い話(双方が同意できる)なので問題ないですが、ここで問題になるのは「降給」の場合ですね。結論から申しますと、これは条件付きで可能です。その条件とは、就業規則、賃金規程等で「降給」について規定する必要があるということです。

 これについては、労働政策研究・研修機構(JILPT)のWebページにて、詳しく解説されていますので、引用させていただきます。

個別労働関係紛争判例集(35)【人事制度】降格(職能資格の引下げ)

(35)【人事制度】降格(職能資格の引下げ)|労働政策研究・研修機構(JILPT)

「本件降格は、それを許容する就業規則の規定はなく、社員が自由な意思に基づいてそれによる賃金引下げに同意したともいえないため、無効である。」(アーク証券事件)

 また、規定していれば会社側が勝手に降給をできる訳でもありません。「人事権の濫用」による降給は認められないのです。「人事権の濫用」とは、いわゆるパワハラの場合や、退職の強要、労働組合活動の妨害を目的とした場合などが当てはまります。

 よって、従業員に「降給が不当である」と訴えられた場合、被告となった会社側は、自社の措置が「人事権の濫用」ではないことを示さないといけません。つまり、降給に至った理由を具体的に明示できるよう、日頃から「パフォーマンスが期待値に達していない」という事実の証拠を(こまめに)取っておく必要があり、会社と上司にはそれが求められます(私の経験では、実は、多くの会社でこれが意外と出来ておりません)。

 では、降給の範囲については、どこまで下げることが出来るのでしょうか。これについては、労働基準法91条の以下の定め(制裁による減給)の準用により制限されます。月給制であれば、月給の1割減が最大の限度ということです。

「(制裁規定の制限)
第九十一条  就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」

労働基準法

 以上をまとめると、「降給措置を規定すること」、「降給の下限は月給1割減」という条件の元に運用を考える必要がある、ということになります。

 これが出来ている前提で、次は「どう修正するか」についての話となります。

 まず必要なのは、入社前の本人への説明です。「たとえ入社時には前職見合いの給料を保証したとしても、将来的にはそこから下がる可能性がある」、「具体的には、(例えば1年後の)報酬改定時までは保証するが、それ以降は他の社員と同様の基準で給料を決める」といった話を、入社時の給料交渉の際に明確に伝え、書面にも残しておくべきです。

 その際に、応募者が、「保証の期間が過ぎたら成果に関わらず給料を引き下げる気ではないか」と不安を感じる場合もあると思います。そのような人に対しては、以下のように説明してあげましょう。

「会社は成果を挙げた人にはフェアにその価値を認め、処遇します。給料を多少ケチる事による利益より、優秀な従業員に退職される損失の方が会社にとってはるかに大きいので、そのような事はいたしませんからご安心下さい。」と。 

 なお、給料の保証の方法は、支払い方法について、いろいろと工夫できます。制限される「降給の下限」はあくまで月給に対するものであり、例えば賞与額に対しては適用されません。よって、月給額は自社の報酬テーブル(水準)に合わせ、差分を賞与またはサインオン・ボーナス(支度金)で調整する事も可能です。なお、特に支度金については、入社後すぐに辞められる危険もあるので、それを防ぐ条件を入社時の契約に組み込むべきです。また「固定賞与」は残業代等の算定基礎額とみなされる恐れがあるので、ご注意ください。

 また、月給額を保証する場合にも、自社の報酬テーブルとの差額を「調整給」としてあえて外出しし、本人がトータルの月給が減らないように常に意識し、昇給によって調整給分を吸収できるように頑張ってもらうのも手です。保証期間が終わった後に、結果として入社時より降給となった場合にも、本人に対して根拠を持って説明ができますし、本人にとっても「騙し討ち」感が大幅に減り、(相対的には)納得感を持つことができます。

 さらには給料保証の期間をどの程度取るのか、という問題があります。実務レベルの感覚では、目安として「1年分」程度で十分ではないかと考えます。給料保証期間は、いわば新しい環境(仕事面も、生活面も)に慣れるための猶予期間です。この期間は、もし降給になっても大丈夫なように本人が自己責任で(家計支出の見直し等の)準備するためのものであると、会社は候補者に入社前に説明し、納得させておくべきです。

 肝心なのは、「前職保証はあくまで一時的な措置」という位置付けをはっきりと明示し、候補者に納得させた上で入社してもらう事です。もちろん、その引き換えに、成果を挙げれば応分の処遇にすることを伝えます(そうでなければ候補者にとってメリットが無いので、入社してくれません)。

 このコミュニケーションを怠ると、本人は「前職保証」額を既得権と認識してしまいます。そうなると、たとえ本人が会社に十分貢献していないと理解していても、会社からの降給の条件提示に対して「聞いてない」「それとこれとは話は別」と感情的に反発することになり、話がこじれてしまいます。

 曖昧な事に対しては、人は自分に都合よく解釈しがちです。一旦入社した後に、「話が違う!」という事態になるのは会社にとっても、入社した従業員にとっても不幸な話です。採用担当者が自身の責任として肝に銘じ、物事を曖昧にせずしっかり伝え切るべきです。それが、後の労務トラブルを「未然に防ぐ」ために必要なことです。

 以上、中途採用時の入社者の給料の決め方について解説いたしました。上記の方法論が必ず正しいという訳ではなく、あくまでケースバイケースであると思いますので、各社にて採用を進める際の考え方の参考にしていただければと思います。

 では、Have a nice day!