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新卒採用と経団連の「採用選考に関する指針」の諸問題への感想(1)

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。最近の東京地方は、ずっと雨が降り続けて、何だか梅雨が戻ってきたかのようです。週末は家族で那須高原に旅行に行ってきたのですが、「この天候だと、お米の出来がちょっと心配ねえ」と、義理の母(郡山出身)も心配していました。

 さて、大学生の新卒採用に関しての話ですが、ついに、このような話が出てきました。

www3.nhk.or.jp

www.sankei.com

 そもそも自分で指針を決めた、「諸悪の根源」であるはずの経団連のトップが、謝罪もせず、責任も認めずに、「問題があるというのなら、変えましょうか」と言っている訳です。おそらく榊原会長もこの件にはそもそもあまり関わっておらず、興味も薄いんだろうな、という気はします。このまま何も変えずに来年も同じ過ちを繰り返すよりは、改善して進歩があるなら、ましですかねえ。

 実はこの「指針」に関しては、導入前から、「本当に学生のためになっているのか?」「誰得?」などと、非常に評判が悪く、また、実際にいろいろな会社の人事の方に話を聞くと、各社とも大変な苦労をされているようです。

 また、何より、今年の猛暑のなかリクルートスーツを着て、汗だくで企業訪問をする学生たちの姿は、異様でした。そして、そのような活動を大人の都合で強いられる彼ら彼女らに深く同情しました。熱中症で体調を崩し、思うように活動ができなかった学生も少なくなかったのではないかと心配です。(一方で、訪問を受ける企業の社員たちはクールビズで半袖姿だったりします。なんて不条理・不合理なのでしょう。)

 ご存じのとおり、上記の「指針」とは、2013年に経団連日本経済団体連合会)から出された「採用選考に関する指針」(以下全文を転載します)のことです。

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採用選考に関する指針

一般社団法人 日本経済団体連合会
2013年9月13日改定

企業は、大学卒業予定者・大学院修士課程修了予定者等の採用選考にあたり、下記の点に十分配慮しつつ自己責任原則に基づいて行動する。なお、具体的に取り組む際は、本指針の手引きを踏まえて対応する。

                   記

1.公平・公正な採用の徹底

公平・公正で透明な採用の徹底に努め、男女雇用機会均等法雇用対策法に沿った採用選考活動を行い、学生の自由な就職活動を妨げる行為(正式内定日前の誓約書要求など)は一切しない。また、大学所在地による不利が生じないよう留意する。

2.正常な学校教育と学習環境の確保

在学全期間を通して知性、能力と人格を磨き、社会に貢献できる人材を育成、輩出する高等教育の趣旨を踏まえ、採用選考活動にあたっては、正常な学校教育と学習環境の確保に協力し、大学等の学事日程を尊重する。

3.採用選考活動早期開始の自粛

学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動の早期開始を自粛する。

具体的には、政府が閣議決定(平成25年6月14日)した「日本再興戦略」において示されている開始時期より早期に行うことは厳に慎む。

広報活動 卒業・修了年度に入る直前の3月1日以降
選考活動 卒業・修了年度の8月1日以降

なお、これらの開始時期に関する規定は、日本国内の大学・大学院等に在籍する学生を対象とするものとする。

4.採用内定日の遵守

正式な内定日は、卒業・修了年度の10月1日以降とする。

5.多様な採用選考機会の提供

未就職卒業者への対応を図るため、多様な採用選考機会の提供(通年採用等の実施)に努める。

※本指針の内容は、2016年度入社以降の採用選考活動を対象としている。2015年度入社までの採用選考活動については、2011年3月15日改定の「倫理憲章」及び「参考資料」を参照されたい。

以上
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経団連:採用選考に関する指針 (2013-09-13)

経団連:「採用選考に関する指針」の手引き (2013-09-13)

 以前の経団連の「倫理憲章」では、「広報活動は前年12月、選考活動は4月から」となっていたルールが、この「指針」により今年から数か月づつ後ろ倒しになったのです。

 経団連が説明する、変更の理由とは、上記の通り「学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動の早期開始を自粛する。」ということなのですが、現実に起きていることは、元の狙いとは逆に「就職活動の長期化」「学業の阻害」という現象です。

 というのも、多くの企業はこれまでと同様に春先から選考活動を行い、4月頃には早々に内定を出す企業も多数出ました。なぜなら、この「指針」はあくまで経団連という組織の中での自主規制に過ぎず、経団連会員の1,329社(下記参考)以外の会社にとっては、全く遵守する必要の無いものだからです。

https://www.keidanren.or.jp/profile/kaiin/kigyo.pdf

 学生にしてみれば、本命は経団連会員の企業であっても不安です。周りが動き出す中で自分が何もしないという訳にはなかなかいきません。また、外資系のコンサル・金融や、IT系(元)ベンチャーなど、非経団連の人気企業も早期に選考を実施する中で、結局は多くの学生は昨年以前と同じ時期から就職活動を開始せざるを得ませんでした。

 そして、それがひと段落した後に、経団連系の会社の採用選考が始まり、2番目の就職活動の山場が8月に来たのです。これまでは、夏前までには就職が決まり、その後に卒業論文など学業に時間を費やせたはずの時間が、「指針」による就職活動の長期化により削られてしまうという、学業が阻害される事例も今後多数生まれることになるでしょう。

 一方で、企業も同様に「指針」の被害者です。先日、誰もが知っている超大企業(経団連会員)と、中堅成長企業(非会員)の人事担当をやっている友人たちと話をしたのですが、2人とも「今年は本当に大変」と嘆くのです。
 
 前者に関しては、日本を代表する企業として、指針を破るような事はしてはいけない、と、頑なに指針を遵守し、リクルーターの斡旋もせず、本当に8月から選考を開始したそうです。

 ところが、学生の多くは、既に別の企業の内々定を持っているのです。抜け駆けして、8月1日の選考開始と同時(かその前)に、学生に内々定を出していた経団連系企業も少なからずあったことでしょう。。

「2015年8月1日時点 就職内定状況(2016年卒)」

https://www.recruitcareer.co.jp/news/2015/08/11/20150812.pdf

 そうなると、元からその会社を強く志望する学生はともかく、他社と併願で迷うような(でも優秀な)層の学生が早々に他社に決めてしまい、選考前や途中で辞退され易くなるのです。ただでさえ選考期間が短縮されて大変なのに、「指針」のせいで優秀な候補者が集まりにくくなったのです。

※追記:上記企業に関しては、「実は他社同様、8月早々に内々定を出していた」との情報を別ルートから入手しました。上記「担当者」の話とは矛盾しますが、どちらが真実かの裏取りはできておりませんので、上記の話はあくまで「担当者」の話が、いわゆる「公式発表」ではなく「事実」である、という前提の元での話である点はくれぐれもご注意下さい。

 一方で、後者の会社は5月ごろに早々に内定を出していたのですが、今頃になって続々と内定辞退が出てきて、困っているということでした。こちらは後から選考を始めた著名企業に人を抜かれてしまい、歩留まりが読めないという悩みですね。。

 では、学生と企業の双方で、今回の「指針」に振り回されて大変な思いをしているのだとすれば、そもそもなぜこのような「指針」が経団連から出てきたのでしょうか?

 私も「文科省に頼まれたらしい」「三井物産の槍田(うつだ)さんが黒幕らしい」」などという噂を聞いたりしますが、結局誰の意思で、だれの責任において「指針」を決めたのかは、結局良くわかりませんでした。

※ちなみに、下記の槍田さんのインタビューを読むと、
「私は人事部とか、採用活動をしている現場には直接関わったことはありませんが」
というような現場を知らない人が、実態を知らずに頭ごなしに「昔はこうだった、今はおかしい、こうしろ」と、本来は外野の意見に過ぎない自分の考えを押し付けているように私には思えます。

college.nikkei.co.jp

 これって、今話題のオリンピックの競技場やロゴマークの話と同じ構造である気がします。何だか知らないけど方針が決まっていて、「おかしい」という声が上がってもなかなか方針が変えられず、混乱の結果方針が変わっても誰も責任を取らないし、反省もしないという。。。

※今回の指針の件も、人材研究所の曽和さんはじめ多くの方達が事前に警鐘を鳴らされていました

toyokeizai.net

 では、どうすればいいのさ、というお話は、近いうちに改めて書こうと思います。
 この話、続きます。

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