hrstrategist’s blog

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ドトール、「非正規従業員にも退職金」の狙いとは?

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 東京地方、今年は残暑が厳し過ぎやしませんか?お手伝いしている会社の方にお会いする度に、「今日も暑いですねえ。」「堪りませんねえ。」なんて話を毎度繰り返しているような気がします。最近のエントリを読み返していると毎回「暑い」ネタをマクラにしてますね。それだけ暑さが苦手なのですよ。。

 さて、昨日(9月26日)の日経新聞朝刊で、興味深い記事を見つけました。株式会社ドトールコーヒー(以下、「ドトール」)が、非正規従業員を対象とした退職金制度を導入するというものです。

www.nikkei.com

日経の記事は会員限定なので、こちらの記事もどうぞ。

www.huffingtonpost.jp

こちらが会社のニュースリリース

www.doutor.co.jp

確定給付年金を受託しているオリックスからもニュースリリースが出ています。

www.orix.co.jp

 最初に見出しを見た時は、単に「契約社員やパート、アルバイトに退職金を支払います」という話なのかと初めは思ったのですが、記事をよく読んでみると、なかなかトリッキーなことが書いてありました。

 今回のスキームは以下のようなものです。

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・非正規従業員の一部(社会保険に加入し、週30時間以上勤務する従業員、日経新聞記事によれば非正規従業員7千人のうち対象330名とのこと)に対し、自社の確定給付企業年金の対象とする。

・退職金として会社が負担するコストは、対象となる非正規従業員(上記)1人あたり月100円(プラス制度運営を受託するオリックスへの手数料)のみ。

・そもそも正社員にはこの年金基金を適用しているはずなので、会社の事務手間も大きく増える話ではない。

・従業員のメリットは、非正規従業員が自ら積立(上限2万円/月)し、それを退職金として受け取ることで、確定給付の利息分(年間利率が0.3%)の所得税を払わなくて済む+自己負担掛金が社会保険料控除の対象になるということ(程度)。
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 要するに、これは(対象となる)非正規従業員にとっては「ないよりはあった方が良い」という程度の福利厚生施策に過ぎません。具体的には、(よほど時給の高いスペシャル専門職的な非正規従業員がいる可能性はありますが)一般的に想定される非正規従業員の報酬レベルから考えると、所得税+住民税の税率20%×社会保険料控除額(最大約24万円)=最大4.8万円お得、といったところでしょうか(計算間違い等ありましたらご指摘下さい)。

 では、その程度の施策をどうしてドトール(とオリックス)がわざわざ大々的にニュースリリースを出し、その前に(さらに)日経新聞に情報をリークして記事にしてもらったのか?

 そこに今回の施策の本当の狙いがあります。そう、「ホワイト企業」アピールです。

 ドトールにとっては、こうして新聞やネットで大々的に取り上げられる宣伝効果は計り知れません。具体的には採用ターゲット層に対して「ドトールで働きたい」と思わせる採用力向上の効果と、今現在ドトールで働く従業員(正規、非正規共に)とその家族に「ドトールって素晴らしい会社なんだ」と思わせるリテンション(離職率削減)効果です。
(そしてオリックスにとっても、企業年金の売り込みネタになりますね。)

 何しろ最近の「低失業率、高求人倍率」の労働市場の環境の下、多くの企業は深刻な人出不足に悩んでいます。外食産業であるドトールも同様の状況に違いありません。

www.nikkei.com

toyokeizai.net

 
 今回のスキームでは(現状パート、アルバイトの95%対象外でありながら)「ドトールはパート・アルバイトに優しい、良い会社である」と、世間に印象付けることが目的なのでしょう。その意味では、「ドトール、うまいことやったな!」と感じます。今回のスキーム自体は他社がマネすることは難しくありませんので、「やったもん勝ち」「早いもの勝ち」ということですね。


 なお、今回の件と離れて、一般的に非正規従業員に対して退職金導入は有効な施策かどうかという件についてにも少し触れておきます。

 昨年12月に、安倍首相の私的諮問機関である、「働き方改革実現会議」から発表された、「同一労働同一賃金ガイドライン案」では、以下の通り、原則「正規」社員と同様・同一に、「非正規」従業員に賞与を支払うべきとしています。

「賞与について、会社の業績等への貢献に応じて支給しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の貢献である有期雇用労働者又はパートタイム労働者には、貢献に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。」

hrstrategist.hatenablog.com

hrstrategist.hatenablog.com

 とはいえ、会社が支払える人件費には限りがある訳で、退職金を支払うためには、「別の部分の費用を減らして退職金費用に充当する」か、「経営判断として費用増加を受け入れる」のいずれかの経営判断が必要となります。

 前者の場合、必然的に「時給を下げる代わりに退職金を払います」という話になりますが、対象となる非正規従業員から予想される反応は、恐らく(当然ながら)「ふざけるな!」「やめてくれ!」というものでしょう。たとえ、給料として貰うより退職金として貰う方が支払う税金(税制優遇あり)や社会保険料等(退職金は算定対象外)で非常に有利だとしても。

 そして、後者に関しても、同様の反応が予想されます。「退職金はいらないから時給を上げてくれ」と。残念ながら人間は合理的でないのです。もちろん、そのような意見を押し切って退職金制度を導入するのは悪いことではないのですが、それを採用力向上、離職率低下に繋げるためには、今回のドトールの事例のように、何らかの「工夫」を凝らす必要があるという点は注意したほうが良いです。そういう意味では、ドトールの試みは、制度導入・定着の進め方の手本として、他社の人事企画担当者にとって注目すべき事例ではないかと思います。 

 では、Have a nice day!