hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

【読書メモ】「神さまとぼく 山下俊彦伝」 梅沢正邦著

 希代の経営者である松下電器産業(現:パナソニック)創業者 松下幸之助翁からの指名により、1977年から1986年まで9年間、松下幸之助翁の「次の次」の社長を務めた山下俊彦氏の伝記です。

 幼少時よりずっと関東圏に住んでいたためか、コテコテの関西企業(と勝手に思っている)のナショナル・パナソニック製品には特に思い入れはありませんでした(カナダ留学時に使っていたLet's Noteを、居候先のホストファミリーのご主人(オタク系青年、イケメンでないキアヌ・リーブスのイメージ)に、「おお、それいいねえ(意訳)」と言われたのを思い出すくらい)。

 なので、松下電器の歴史にこれまで詳しかったわけではないのですが、それでも日本を代表する(した)大企業がどのように発展し、後に衰退していったか「歴史に学ぶ」ことは意味があると思います。そういう意味で、このような本を出版して頂くことは大変ありがたいいし、本を読むことで過去の出来事を疑似体験できるのは本当にコストパフォーマンスが高いのでは、と思います。

 本書に関する書評については、例えば以下の記事がありますので、こちらも参考にしてください。

www.yomiuri.co.jp

 本書のタイトルにある「神さま」とは、言わずと知れた「経営の神さま」松下幸之助翁であり、対する「ぼく」は、実業学校卒の叩き上げ、かつ、一度松下を辞めてから後に出戻った山下氏のことです。

 幸之助翁の教え(経営理念:綱領、心情、精神)が(宗教的なまでに)絶対の会社において、その教えに懐疑的であった山下氏は、幸之助翁自らの指名により(再三の固辞も叶わず)、松下電器の社長に就任することになります。いかにこの人事が本人にとって心外であったかは(再三固辞をしたのですが、最終的に押し切られてしまったそうです))、新社長発表の場での、「選んだほうにも責任がある」という名(迷)言からも伺い知れます。また、取締役の序列25番目(下から2番目)からいきなり大抜擢された異例の人事は、当時、「山下跳び」と持て囃されました。

www.panasonic.com

www.panasonic.com

 自身がコントロールしやすい番頭的な人間ではなく、ある意味対極的な立ち位置にあった山下氏を幸之助翁が選んだのは、当時の社長であった(幸之助翁の娘婿である)正治氏の在任期間中の松下電器の停滞・機能不全に苛立ち(とはいえ「家庭の事情」により、婿養子である正治氏を簡単にクビにはできない(このことが後に松下電器にとって致命的な禍根を残すのですが)というストレスもあったでしょう)、停滞した会社の現状を変えるためでした。

 幸之助翁が子飼いでも番頭でもない山下氏を社長に選んだ大きな理由(能力・実績以外で)は、おそらく、山下氏の「私欲の無さ」でしょう。

「決定的に「なかった」のが権力欲求だ。自らを顕示したい、出世街道を駆け上がり、権力を握りたい。握った権力は放したくない。ビジネスパーソンの誰もが抱く欲求のかけらもなかった。風のようにさらさらしていた。」
(本書より)

 松下電器は幸之助翁自身の虚弱体質のために、事業の経営(運営だけでなく意思決定も)を事業部長に任せる(任せざるを得ない)「事業部制」を採っていました。事業部長として適任な人材は、往々にして他人を蹴落とし、部下を使い捨てる「オレがオレが」という我が強い「猛獣」的な存在の人たちとなりがちです。逆説的ですが、「猛獣」たちを扱うためのツールとして、「神さま」の経営理念(綱領等)が存在し得たとも言えるのかもしれません。幸之助翁の理想は、松下の経営理念に深く共感し、自分と同じ考えを持つ「金太郎飴」社員の集団でした。

 一方で、山下氏は自らの立身出世のためでなく、幸之助翁や自身の上司に媚びへつらうことも一切なく、自らが責任を持って手掛ける「事業」とそこで働く「人」にとって何がベストかを考え、行動する姿勢を貫きました。

「(「神さま」幸之助会長の下での社長業は)本人はたまらなかったと思う。でも、ぶれなかった。自分を殺して演じきった。だから名優、サムライだよ。以上。」
(本書より、山下氏の参謀であった佐久間曻二氏(元松下電器副社長、WOWOW社長・会長)のコメント)

 山下氏のマネジメントは、幸之助翁と同様に「任せる」スタイルでしたが、「任せ方」は異なるものでした。幸之助翁は自身の考えに従う「番頭」タイプを重用しました(なお、幸之助翁は「言っていることとやっていることが違う」複雑で矛盾をはらむ人物だったようです。その辺についても本書では言及されています)。山下氏は個人の力を引き出すためにその人を信じて任せます。その代わり信賞必罰を徹底します。自身が育てた”子飼い”的な人物でも、業績が伴わなければ容赦なく更迭(「泣いて馬謖を斬る」)です。

 この本の面白さは、「神さま」の言うことしか聞かない数々の古参「猛獣」キャラの群像劇です(幸之助翁はいわば「ボスキャラ」)。事業部同士の摩擦、対立は当たり前。強烈な面々に対して山下氏がどう立ち向かい、使いこなしていったか。この辺の(清濁併せのむ)パワーゲームの話は、オーナー経営者の元で事業部制であった前職(楽天)のことを思い出しながら、元サラリーマンとして時には感情移入をしながら大変興味深く読み進めました。(いろいろと厳しいでしょうが)こういう上司の下で一度仕事をしてみたかったですね。

「「上にはお上手を言え、ゴマをすれ、言うヤツがおるやろ。君な、あんな人間になったら、あかんぜ」」
(本書より)

 社長在任から9年間で売上高、営業利益をそれぞれ2.6倍に押し上げ、山下氏は颯爽と社長を退任しました。本人が望めば副会長職、または正治氏の後任の会長にもなれたのではないかと言われていたようですが、本人は「新社長の邪魔をしたくない」と取締役相談役として潔く身を引きました。

「「シンドイですわね。(私の)就任の仕方が異常でしたらから。ご苦労はあり過ぎるくらい。よく9年もったと思う。あんまりいうと、決めた相談役(幸之助)に悪いが、非常に迷惑しましたからね。だから、私の後継者(谷井昭雄氏)は出来るだけ早い時点で決めました。」」
「「(社長時代の)思い出?何もない。強いて言えば、(社長に)なった時と、今、辞める時」」
(本書より、社長退任時の記者会見の発言)

 もしここで山下氏が松下の会長となり、正治氏が退任していたら、松下や日本の電機産業はどのような姿となっていたか。「もしも」を考えても無駄なのですが、山下時代とその後の松下の迷走と凋落、幸之助翁(1989年没)の逝去後の創業家と経営陣の泥仕合との差分があまりに劇的なので、つい考えてしまいます。。

※上記については「ドキュメント パナソニック人事抗争史」(岩瀬達哉著)に詳しいです。興味のあるかたはこちらもぜひ。

 

そして、みぜん合同会社設立4周年

 こんばんは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 先日より東京地方も梅雨入りし、天候が優れませんね。バイク乗りにとっては雨が大敵です。実は先日バイクを乗り換えた(Z900買いました!)のですが、新しいバイクに乗る機会を中々作れないのは残念ですね。。

 また改めてご紹介させて頂きますが、実は、昨年度の「おためしナガノ」における経験を活かし、今年度より長野県佐久市に二拠点居住の拠点を確保して、頻繁に行き来しております。なので、高温多湿の東京地方の気候は最近特に耐え難く感じます。今からこんな泣き言を言っていては真夏の東京地方に耐えられなそうで今から心配をしております…

 さて、上記の通り、本日7月1日は、「みぜん合同会社」の設立記念日です。2016年設立から4周年(個人事業として創業してからは7年目)となります。我ながらしぶとく生き延びております。

 前回(6月9日)のエントリで近況報告をしておりますので繰り返しませんが、年度も替わり、心機一転で仕事に邁進したいと思います(仕事が少ないのもさすがに飽き気味ですので(苦笑)。

hrstrategist.hatenablog.com

 まずは昨年度の(厳しい)決算を締めないといけませんね。頑張れオレ(笑)。


 今後とも引き続き、よろしくお願いいたします!

http:// http://mizen.co.jp/

みぜん合同会社
代表社員 CEO
組織人事ストラテジスト
新井 規夫

(いつのまに)独立開業6周年

ご無沙汰しております。みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。3ヶ月ぶりの更新です。

 前回の投稿は3月4日で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って学校が休業になり始めた時期でした。

hrstrategist.hatenablog.com

 このエントリでは、

「この騒ぎは景気に悪影響を及ぼすことは間違いなさそうで、ここしばらく(半年程度か)は当社の業績にも影響が及ぶ恐れはあります。」

とコメントしたのですが、少なくとも景気と当社への影響に関してはこの「恐れ」は当たってしまいました。当社でも新規案件の進捗はストップし、さらには急激な業績悪化のため、残念ながら従来のクライアントとの契約が終了となってしまった事例も発生しております。

 また、プライベートでも家族の入院(コロナではありません)等、いくつかストレスフルな出来事があり、幾分気が滅入りがちです。

 とはいえ、「緊急事態宣言」解除からしばらく経ち、新規のお話も少しづつ動き始めている兆しもあるので、上を向いて明るく前向きに進んでいこうと思います。明けない夜はないですからね!

 そのような中、本日で2014年に会社を退職し、「組織人事ストラテジスト」として独立開業をしてから6周年となりました!

 「石の上にも3年」を2ターンですから、我ながらしぶとく生き延びてきたものです。過去の「周年」エントリを見ていても、ほぼ毎回、「進歩もなく低空飛行でなんとかやっています」的なニュアンスばかりなので、これは社風(芸風)ですね(笑)。

 という訳で、7年目も引き続き、しぶとく生き延びていきます。

 「アフターコロナ」下で、従来と異なった組織人事戦略を策定し、テレワークや評価・報酬体系の見直しなど、新たな個別人事施策の策定・実施が喫緊の課題となっている企業も少なくないと思われます。もしそのような際に外部の知恵を導入する必要性を感じられたら、ぜひお声がけください。

「私がお手伝いすることで(略)強力な組織・人事体制を作りあげ、企業の成長に貢献することを実現したいと考え、日々活動しております。もし、このような取り組みに興味を持ち、新井と話をしてみたい、相談してみたいという方がいらっしゃれば、ぜひお気軽にお声掛け下さい。」(開業1周年の際のコメント)

 今後とも引き続き、よろしくお願いいたします!

「おためしナガノ」、終わりました。

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 大変ご無沙汰しております。みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。7ヶ月ぶりの更新です。

 新型コロナウイルス関連の様々な自粛や買い占めなど、近頃世の中はちょっとしたパニック状態ではないかと思われる状況ですね。私は既にリモートワーク的な自宅勤務なので、幸いにもあまり日常生活には変化はありませんが。。

 とはいえ、この騒ぎは景気に悪影響を及ぼすことは間違いなさそうで、ここしばらく(半年程度か)は当社の業績にも影響が及ぶ恐れはあります。まあ、自分で何とかできる話でもありませんし、引き続き渋太く(この漢字は当て字のようですね。競馬で使われる用語のようです。)粛々と生き延びていくしかないと思っている次第です。

 そのような状況の中、昨年から長野県の「おためしナガノ」という施策の助成を受け、川崎と長野を行ったり来たりする、二拠点生活(二拠点居住)を実施していましたが、ついに(残念ながら)その期間が2月末で終了しました。

otameshinagano.com

 長野県立科町で二拠点居住を始めることを本Blogにて報告をしたのが昨年8月でした。そこからこれまで記事を書くのをさぼってしまいましたが、記事を書く暇も無いほどに忙しく、充実した日々だったということでご容赦を(笑)。

前回の記事

hrstrategist.hatenablog.com

 ともあれ、楽しい日々もいつか「終わり」が来るのは仕方ありません。区切りということもあり、これまでの7ヶ月間を振り返る備忘録を残しておこうと思います。

■「おためしナガノ」とはなにか?
 簡単に説明すると、長野県内に特定の拠点を決め、8月~2月までの7ヶ月間居住(二拠点居住も可)するIT関連事業の個人・法人に対して県が交通費等の補助をしてくれる施策です。2019年度は8市町村で13組の個人・法人が参加したそうです(当社もそのうちのひとつです)

おためしナガノ2019 参加者紹介

 今回私は、長野県の東信地区にある「立科町」にお世話になりました。

■「おためしナガノ」の活動内容
 「テレワークを活用した、成長企業向け組織人事コンサルティング事業」を実施するという名目でしたが、具体的な活動パターンは、「平日の火曜~木曜は川崎に滞在、金曜朝に立科に移動し月曜朝まで立科滞在、月曜朝に立科を出発して昼すぎに川崎に帰る」というものでした。川崎にいる週の真ん中に営業先へのアポイントや客先とのミーティング等、人と会う仕事をその間に集中させ、立科では資料作成や調査等の(PCがあれば)ひとりでできる仕事を行うようにしました。

 立科ではコワーキングスペースの「立科町ふるさと交流館「芦田宿」」で、Wifiやプリンタを無料で使用できました。また、提供頂いた住居でもWifi完備でしたので、ネット環境では全くストレスはありませんでした。

www.town.tateshina.nagano.jp

 特に10月以降はほぼ毎週末立科に行っておりましたが、この週間パターンで業務をこなすことは十分可能であることが確認できたのが、今回の「おためしナガノ」における最大の収穫でした。「二拠点リモートワーク、やればできるじゃん!」という感想です。

 期間中の往復回数・日数を数えたところ、合計「26往復、64泊90日」を立科界隈で過ごしていました。7ヶ月のうち半分近くの時間を現地で過ごしていた訳ですね。

■川崎-長野間の移動について
 川崎と立科との移動手段は、主に自動車でした。川崎の家を朝6時に出れば、環八・関越道・上信越道経由で概ね3時間強で立科に到着することが出来ます(と偉そうに言っていますが、行きの運転はいつも嫁の役割で、私は助手席で寝ていました)。2名での移動の場合は、車が一番気楽で良かったです。帰りは月曜の朝に立科を出て、概ね昼過ぎには川崎に到着することが出来ました。

 なお、例の「台風19号」の影響で上信越道が一部通行止めになっていた間は、群馬の下仁田インターで降りて下道(国道254号)を利用すればプラス30分程度の差でしたので助かりました。
 
 わたし1人での移動の場合は、新幹線やバイクを使っての移動も試しました。佐久平駅から路線バスに乗れば、40~50分程度で立科に到着します(昼寝をしていたらすぐです(笑))。バイクで行けば、現地での休日にビーナスラインなどのツーリング名所にすぐに行けたのも楽しい思い出です。

■現地での楽しみ
 働き方に関しては上記の通りですが、景色や空気が良い地方で働いたからといって劇的に「生産性向上」が実現する訳では(もちろん)ありません。二拠点居住を実施する最大の理由は、むしろ仕事以外での「生活の質の向上」にあります。

 長野に滞在して「良かったこと」「楽しかったこと」は何かと言えば、「温泉が多い」「食べ物が美味しい」「景色が素晴らしい」といった所でしょうか。

 まず温泉について。長野県は温泉地数が北海道に続いて全国2位の「温泉県」です。

www.env.go.jp

https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/2-4_p_1.pdf

 期間中は「温泉リモートワーク」の名に違わず、温泉にはよく行きました。立科の近隣に多くの温泉施設があり、露天風呂やサウナのあるような施設でも500円程度で入ることが出来ます。

 加えて長野県は「物味湯産手形」というパスポートを販売しており、1300円で12か所の温泉に入ることができるという大盤振る舞いです(3か所行けば元が取れます)。これを存分に活用しました(10月から10か所を制覇し、すでに2冊目に突入しました)。

www.monomiyusan.jp

 また、立科町営の「権現の湯」の無料入湯券を沢山頂いたので、毎週に近いペースで通い詰めました。昨年秋にリニューアルオープンした、露天風呂・サウナ完備の清潔な温泉施設でオススメです!(入湯券が無くなった後は自腹で行っていましたので本当です)

www.town.tateshina.nagano.jp

他にも周辺に、佐久市の「布施温泉」「春日温泉」など、泉質の良い温泉が多くあり、飽きません。

www.shinkou-saku.or.jp

www.shinkou-saku.or.jp

(もちづき荘は日帰り入浴可、「物味湯産手形」の対象施設)

 それ以外にも車やバイクでドライブして長野県内各地の温泉を巡りました。回数を数えたら、「21か所、37回」に上りました。1滞在中平均1.5回は温泉に行っていたことになりますね。

 温泉だけでなく、「グルメ」も楽しみでした。東京地方と比べて明らかに食べ物が安くておいしいのです。お米も肉も美味しいですが、特に地元産の野菜は新鮮さというか、勢いが明らかに違います。また、秋から初冬にかけては立科の特産品であるりんご(特に「五輪久保」ブランドが有名)を頂いたり、格安で買う事ができました。立科のリンゴ(特に「サンふじ」)は本当に美味しくて、文字通り他所のりんごが食べられなくなります。海なし県なので、魚に関しては期待できませんが、強いて不満があるとすればその位です。

 また、立科は「お水」の味がそもそも違います。水道の水をタンクに汲んでよく川崎に持ち帰っていました(隣の佐久市には日本酒の酒蔵が多くあります)。
 
 レストランでの外食も、近所のちょっとしたお店に入っても平均のレベルが高く、満足感が高い(コスパが素晴らしい)です。こちらも回数を数えたら、延べ「29店、50回」食べました。

立科では以下のお店などは特にお気に入りですし、隣の佐久にも通いたくなるお店は沢山あります。

tabelog.com

(双子のおばあちゃん姉妹がやっている名店。「町中華で飲ろうぜ」(大好きです)の玉ちゃんが来たら号泣間違いなし。)

www.hotpepper.jp

tabelog.com

tabelog.com

(「権現の湯」の食堂。こちらも昨年秋にリニューアルして業者が変わったようです)

 さらに、田舎暮らし(すみません)の楽しみは、雄大な自然の景色ですね。好天時の昼間は常に視界の端に浅間山八ヶ岳蓼科山)が見えます。

 夜には星がよく見えます。星座には詳しくない我々でも、オリオン座、カシオペア座、北斗七星などは比較的容易に見つけることができましたし、目を凝らせば頻繁に流れる流れ星を見ることもできました。望遠鏡が欲しくなりました。

立科町について
 今回立科町を拠点として選んだのは、以前に「ときどきナガノ」という施策で、こちらも長野県の補助を受けて長野県内のいくつかの場所を訪れたことがあり、その時の立科町の印象が良かったことと、立科町の場合築浅の住居(家具備品つき)が町から無料で提供されていて(他の場所だと自身で物件を探す必要があったり、提供される住居が古かったりしました)条件が良かったことが理由です。

tokidoki.otameshinagano.com

 実際に立科で暮らしてみると、町役場やふるさと交流館のスタッフの方々、さらには町民の方たちは我々に大変親切に接してくださりました。
 10月の台風19号の際には立科町でも道路寸断、床上浸水、断水等の被害が出たのですが、当日に立科の住居に滞在していた私達にも気を遣って頂き、「いざとなったら避難できる」という安心感を持って夜を超すことが出来ました。

 りんごや野菜、さらにはお祭りのときにはお肉やお酒まで頂いた食べ物も数多く、一方で過剰に干渉されず、適度な距離感のコミュニケ―ションが我々にとっては心地よく、有難かったです(よそ者に対してオープンな気質は、おそらく立科が芦田宿という中山道の「宿場町」であったという歴史から来ているのではと推測しています)。

■課題
 もちろん、憧れの「二拠点生活」も必ずしも良いことばかりではありません。あえてネガティブな要素を挙げるなら、やはり「移動」に掛かる時間と費用がネックとなり得ます。

 「おためしナガノ」では交通費に対して補助を頂けましたが、もし自腹で交通費を出すとなれば、往復で高速代が約8000円、加えて往復4百数十キロ分のガス代が掛かります(我が家の車の場合ハイオクでリッター10キロの燃費のため、6000円強)。毎週通えば5万6000円ですから、バカになりません。

 また、移動時間3時間というのも、そう気軽に往復できる距離ではありません。もし長野に拠点を本格的に構えるなら練馬インター近くに自宅を移すことも真剣に考える必要があるかもしれません。
 
■まとめ
 今回の「おためしナガノ」を体験することで、二拠点居住のメリット・デメリットや具体的な生活のイメージを掴むことができたのはやはり大きな収穫で、「やってみて良かった」と心から思います。我が家では「二拠点居住」の可能性については引き続き別の方法で実現できるよう、次の手段を準備したいと考えております。

 おそらく来年度も「おためしナガノ」の募集は出ると思いますので、二拠点居住や地方移住に興味のある方はぜひ応募されることを強くお薦めします。特にフリーランスの方や、企業勤務でもリモートワーク勤務が可能な方は本当にオススメですよ。とにかく「楽しい」日々を過ごすことが出来ますから!

「二拠点生活での温泉リモートワーク」、始めました

 こんばんは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 「冷やし中華始めました」的なノリでタイトルを書きましたが、この8月より、川崎と長野を行ったり来たりする、二拠点生活(二拠点居住)を始めることになりました!

 現状、仕事のクライアントは全て東京でありながら、別に常駐をしている訳ではないので、「別にどこで仕事をしても同じじゃねえ?」という想いか元々ありました。そこで昨年の秋より、「温泉リモートワーク」(地方でリモートワークを実践しつつ、ローカルの素晴らしい温泉を満喫する活動!)を実践し、その素晴らしさを実感していました。その際にお世話になったのが、「ときどきナガノ」という、現地までの往復交通費と現地宿泊費を長野県から助成頂けるという大変ありがたい制度でした。hrstrategist.hatenablog.com

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 そして、今年度は同じく長野県が実施する「おためしナガノ」に満を持して勇躍(?)応募し、無事参加できることになったのです。

otameshinagano.com

 「ときどきナガノ」と異なり、「おためしナガノ」に参加するためにはよりディープに、長野県内に特定の拠点を決めて「居住」することが求められます。今回私は、長野県の中部にある「立科町」にお世話になることになりました。

www.town.tateshina.nagano.jp

 おためしナガノでは、参加する各市区町村がそれぞれ参加者に対して生活面でのサポートをいろいろとして下さいます。その内容は自治体によって濃淡まちまちなのですが、その中でも立科町は、築浅の綺麗な家(本来の用途は移住希望者向けの体験住宅)をなんと無料(家賃だけでなく水道光熱費も)で貸してくれ、かつ、コワーキングスペースの利用料金も無料という、至れり尽くせりのオモテナシ(?)を提供して下さいます。

 立科町の担当者、Uさんに話をお伺いすると、(それだけの好条件ですから)立科町には今回多くの応募者が集まっていたそうです。その中で選んでいただけたのは、大変にありがたいことだと感謝しております。

 もう少し前に内定は頂いていたのですが、無事8月1日に「おためしナガノ」の事業費補助決定の通知を長野県の担当者Tさんより頂き、本日さっそく立科町にやってまいりました。 

 まずは住宅に荷物を運びこみ、住環境を整えますが、住宅の設備(給湯器やエアコン、洗濯機、クッキングヒーター、掃除機、さらには電動自転車まで)は我が自宅のものより全て新しい最新のものですから、まずはその高性能にビックリです(繰り返しますが、利用料金は全部タダですよ!)。

 荷物整理の後、町役場前のお蕎麦屋「ときん亭」さんで昼食を頂きます。素朴な田舎そばと具沢山の天丼を、おいしく頂きました。

tabelog.com

 午後はコワーキングスペースの「ふるさと交流館「芦田宿」」で仕事に励みます。明日は年1度の夏祭りということで、準備をされる皆さんが大勢行き来をされて賑やかでした(その中でもしっかり集中して業務は捗りました)。

www.town.tateshina.nagano.jp

 夕方には住宅に戻り、嫁が近所のスーパー「ツルヤ」で買ってきた&先ほど交流館でおすそ分け頂いた野菜を材料にした夕食を美味しく食し、その後に(あえて)自転車で近所の温泉施設「権現の湯」に突撃です(温泉リモートワークらしくなってきましたw)。

www.tsuruya-corp.co.jp

www.town.tateshina.nagano.jp

 なんでも最近改装したらしく、施設は大変綺麗、かつ広々として、気持ちよく露天風呂&サウナをエンジョイしました。

 そんな濃密な1日を過ごした後に住宅に戻ってこのBlog記事を書いており、温泉リモートワークの初日が終わろうとしていますが(眠いです)、とりあえずの感想として、仕事や住まいの環境を変えるって大事だと本当に思いました。集中して仕事をしても自宅よりもストレスが少ない気がします。綺麗な空気や(相対的に)涼しい気候、見渡せば広い空と緑がある環境が本来人間が安らげる環境なのでしょうね(横浜の外れの中途半端な「トカイナカ」育ちの人間感想です)。初日の満足度は120%です。

 今回はあと数日こちらに滞在する予定なので、明日は自転車いろいろと近所を巡ってみようかと思います。そんな様子はまた改めて報告をさせて頂きます。

 ではでは、Have a nice weekend!