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組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

RIZAP社 「赤字70億円」の衝撃。会社の内情を想像してみます。

 こんばんは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 RIZAPの決算下方修正の件、非常に話題になっていますね。

www.nikkei.com

 2019年3月期の連結最終損益(国際会計基準)の予想を、従来の「159億円の黒字」から「70億円の赤字」と大幅に下方修正した上で、M&A(合併・買収)による拡大路線を転換し、当面は事業の選択と集中を進めることを明らかにしています。

 この決算発表での記者との質疑応答のやり通りが記事になっており、大変興味深い内容になっております。

www.wwdjapan.com

 Twitter界隈では既に多くの人からRIZAPの状況に対してコメントが上がっていますね。
「人材もノウハウもないのに、しかも、ものすごい速度で買収進めて、その能力をはるかに超えたことをしたら落とし穴にはまったという、当たり前の話だ。」

kabumatome.doorblog.jp

 RIZAP社(RIZAPグループ株式会社)についての歴史は以下の通りですが、世間的に注目されたのは数年前より「結果にコミットする」というトレーニングジムの広告を大量露出し始めた時期からでしょう。

www.rizapgroup.com

 その後、本業(?)との関連性を見出しづらい、傍から見たら「無節操」な企業買収を次々に行い、さらには「カルビー」の前会長、松本晃氏を今年6月よりCOOとして招聘したことでも話題になっていました。

 ところが今回の「急転直下」の決算下方修正&経営方針の転換です。いったいRIZAP社に何が起きているのでしょうか?メディアに出ている情報等から私なりに推測してみました。

※以前に書いた「会社の内情妄想」系記事。相当ビンゴで後で自分で驚きました。

WELQ問題と、感じる既視感(組織の「あるある」) - hrstrategist’s blog

 ■なぜ今回、RIZAP社は決算下方修正&経営方針の転換を行ったのか?
 これは明らかに、松本氏が主導したのでしょう。上記の質疑応答によれば、松本氏はグループ会社を回り、その中で、「面白そうなおもちゃなんだけどこわれてんじゃないか、という会社」「不況産業じゃないの?という会社」「(瀬戸)健さんのビジョンにそぐわない会社」を認識したようです。これは想像以上におかしなことになっているぞ、と。

 そこで、「悪いニュースはいち早く出す」とともに、ここで膿を出し切って、これからのV字回復を目指すべきだ、と松本氏が瀬戸氏を説得したようです。

■なぜ、RIZAP社の「積極的なM&Aで急拡大」は失敗に終わったのか?
 上記日経新聞の記事によれば、
「13年3月期に10社だった連結子会社は18年3月時点で75社に膨らんだ。この半年でも買収を続けており、11月時点での連結子会社は85社にものぼる。」
そうですが、
「フリーペーパー発行のぱどやCD・ゲームソフト販売のワンダーコーポレーションといった子会社が損失計上を迫られ」「「再建は現場の力でやる」(瀬戸氏)という基本方針でやってきたが、赤字企業を短期間に再生させるには困難が伴った」
とのことです。

 私が思うに、RIZAP流M&A戦略のシナリオって以下のようなものだと思うのです。

1.「負ののれん代」で利益が出る(ボロ)会社を買収し、当期の利益を上乗せする
2.買った企業を立て直して収益化する
(3).立て直した企業を(買い手がいれば)高値で売却してそこでもう一度儲ける

(3)については実現していないので、あくまで予想です。

 では、何が問題だったのか。2点あると思います。

 1つ目は、「負ののれん代」で利益を得ることが目的化してしまったことです。本来であれば、企業における事業投資としてのM&Aは、自社の既存事業と何らかの形で「シナジー」が見込めそうな会社を対象とするのが常道です。ところが、RIZAPの買収先を見ても、どのように「シナジー」が起きるのか、全くイメージできません。そのような会社をあえて買う理由は、「負ののれん代」狙いであると考えれば説明がつきます。そのような買収方針の中で、松本氏が懸念する(経営努力によって回復が不可能な)「不況産業」も紛れ込んでしまったのでしょう。

 2つ目は、「買った企業を立て直す」(いわゆるPMI(Post Merger Integration))のプロセスを(かなり)甘く見ていたのではないかということです。上記の質疑応答によれば、
「本来は買収前に、再建のシナリオがあってしかるべきだった。ないものはこれから作らないといけない。」
ということです(呆れます)。企業再生に関しては私も当事者の経験があります。前職で買収子会社に出向し、経営再建に携わった経験から言えば、「現場まかせ」でシナリオもない状況で企業の再建などできる訳がないのです。

 うまくいかない会社にはうまくいかない理由があります。一番の理由は、うまくいかない会社は「やるべきことをやらず、やるべきでないことをやっている」。要は(従来からいる人たちの)意思決定の優先順位の判断基準がおかしいのです。それを是正するには、外部から来た「よそ者」が(買収元企業の威光を借りつつ)「これはおかしい。変えるべき」と訴え、変革を行動に移していくプロセスが不可欠です。

 そして、そのようなプロセスを進めるには、各社に最低でも1名~数名の(常勤の)担当者が張り付く必要があります。子会社全てにそのレベルの人を充てるとすると最低85名、実際にはその数倍の「経営者」人材が必要です。残念ながらRIZAP社の手持ちの人材がそれほど豊富であるとは思えません。

 結局、「買収したは良いが、経営改善は従来の経営メンバーに丸投げ」というパターンが多かったのでしょう。そのような手法で「結果にコミット」は到底期待できないだろう、というのは、企業再生の経験者からすれば議論の余地もない話だと思うのですが。
 
■なぜ、松本氏はRIZAPに入社したのか
 これはとても興味深いです。入社の経緯については以下の記事で、瀬戸氏について、「彼は面白くて、魅力的な男」「あれほどの規模の会社のトップをやっているのに、性格がいい。」と言っています。先日の決算発表の質疑応答でも「入社を決めたのは瀬戸健(社長)に惚れたからだけど」とコメントしているように、RIZAPという会社より、瀬戸氏個人に対して「絆された」のだろうなと思われます。

business.nikkeibp.co.jp

 一方で、事業に対しては「わからないことが面白い」と言っているように、そこは入社してから考えようとしていたと推測されます。結果がある程度予測が付く「外資系企業の雇われ経営者」より、オーナーに寄り添って一つの企業を創り上げていくことに魅力を感じられたのは、前職のカルビー社における成功体験が、この意思決定に影響したのでしょうね。

カルビー創業家と松本氏の関係性について。良記事。

www.nikkei.com

■なぜ、松本氏は「COO」を辞めたのか
 「COO辞任」については、日経ビジネスでこのような記事が出ましたが、結論から言えば、COOを「外された」訳ではなく、「構造改革」の仕事が当初の想定以上に「重い」仕事であったが故に、あえて、その業務に集中できる体制を作った、というのが真実のようですね。

business.nikkeibp.co.jp

 上記の日経新聞記事でも「RIZAPでも松本氏に課せられた使命はガバナンスだ。」とあるので、こちらの記事の方がだいぶ「芯を食っている」感があります。

 なお、1点指摘しておきたいのは、松本氏がCOOから外れても、「代表取締役」は外れていないという点です。代表取締役の「代表」を外れるには「辞任届」を出せば済む話です(取締役会決議すら不要)。それをしていないというのは、経営体制として松本氏がトップであるという状態は、たとえCOOを外れても不変であったという証拠だったと言えるのではないでしょうか。

■なぜ、「プロ経営者、生かし切れず RIZAP松本氏、COO外れる」という日経ビジネスの記事が出たのか
 これもなかなか興味深いです。執筆した記者に対しては「残念でした」で終了なのですが、そもそもこのような、結果的には全く見当違いな記事を書かせるインセンティブは瀬戸氏、松本氏いずれにも無い訳で、裏返せばこういう記事を書かせたい経営メンバーがRIZAP社内にいるということですね。

 では、なぜこのような記事を書かせたいかというと、松本氏が進める経営改革の方向性が彼らにとって「困る」ことだからです。というのも、今回の「経営方針の転換」により、実態として「ダメ」な(実質的に経営改善できていない)子会社に関しては担当幹部は当然責任を問われることになります。上記質疑応答で、松本氏が
「経営に功績のあったエグゼクティブ・コンペンセーション(役員報酬)にも不備があると思っている」
と(あえて)言及しているのは非常に味わい深いです。

 松本氏はカルビーの前に外資系企業で雇われ経営者をされていたので、いわゆる「外資」的な、短期的収益に過度に連動した経営者への報酬体系に関して、良し悪しを知り尽くしているでしょう。そのような方からみて、今のRIZAPの役員報酬のスキームは、過度に「短期志向」であるのだろうと推測されます。

 典型的なケースは、当期の「利益」と役員報酬を連動させるものです。そもそも数年単位で転職する前提で、現在のポジションで獲得できる収入を最大化させようとする(外資系企業の経営者にありがちな)インセンティブがある人であれば、損失計上は可能な限り(自分が辞めた後に)先送りしつつ、利益は可能な限り(長期的な利益は犠牲にしても)焼畑農業的に前倒しで計上させようとします。どうせ直ぐに辞めるので、会社がそのあとどうなっても知ったことではありません( ;∀;)。

 そういう思考の方が、「まずは膿を出し切れ!」という松本氏と意見が合うはずがありませんし、そういう方たちが何を考えているかは、松本さんにとっては手に取るように分かるのではないでしょうか。

 この方たちの誰が「抵抗勢力」なのか、想像してみるのも面白いですね(笑)。

www.rizapgroup.com

■RIZAPは今後どうなるか?
 現状が相当に「危機的」な状況にあるのは間違いなさそうです。上記の「市況かぶ全力2階建」でも、「資金繰りの懸念」が指摘されています。

 一番重要なのは、瀬戸氏が松本氏を信頼し、支援し続けることが出来るか否かでしょう。松本氏が手腕を発揮できるかどうかは、瀬戸氏との信頼関係が持続できるかどうかに依存しています。逆に、瀬戸氏がハシゴを外してしまえば、松本氏に対する求心力は失われてしまいます。もしRIZAPが松本氏が成果を出す前に不本意な形で退出を迫ることになれば、そのような仕打ちをする会社に優秀な後任者を招聘することも難しくなります(L*x*l社のように)。 

 幸いにも、松本氏は「(瀬戸氏の)性格がいい」「瀬戸氏に惚れた」と発言しており、さらに今回の松本氏が主導した経営方針転換に瀬戸氏が従っていることを見ると、「経営者の器」という点で瀬戸氏には見るべき所があるのではないか、と感じられる要素があります。

 現状の状態は決して楽観すべきものではないでしょう。実は私自身も(ビジネスパーソンとして、または、個人投資家としても)RIZAP社に関しては、「宣伝だけうまいどうでも良い会社」と認識して全く興味はなかったのですが、今回の決算修正の経緯を観察していると、「もしかして今後面白いことが起こるかもしれない」と興味を持つようになりました(その勢いでこの記事を書いています)。

 という訳で、松本氏の経営手腕を信じて、今後のRIZAP社の業績回復と発展を期待したいと思います!