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hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

トヨタ自動車の「賃金体系見直し」について(2)

 おはようございます、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。東京地方は雪が降っております。しかも最高気温は2,3度だそうです。こういう日は1日中自宅で作業というのがべストなのですが、世の中そうそううまく行きません。本日はアポイントが3件!!

 さて、トヨタの賃金体系見直しの話の続きです。前回のエントリでは、トヨタが意図する「『賃金カーブ』の若年層へのシフト」は、彼らが対外的に強調する「子供(家族)手当の見直し」のみでは実現できないことを指摘しました。

トヨタ自動車の「賃金体系見直し」について(1) - hrstrategist’s blog

 今回のエントリでは、ではトヨタの真の意図について、掘り下げてみたいと思います。

 「子供手当の増額」については、前回エントリで説明の通り、賃金カーブの是正に対しては主な要因にはなり得ません。それをあえてトヨタが強調する理由を考えると、つまりこれは「少子高齢化対策」という誰もが反対しない理由付けをすることで、今回の賃金体系変更を正当化するための、労組向け、世論向けの「単なるアピール」であると考えると辻褄が合います。

 では、彼らの真意は何なのでしょうか。

 日経の記事によれば、「年功部分の圧縮や能力重視の体系への変更で若手への配分原資を捻出する」そうです。「子供手当の増額」が表向きのアピールに過ぎない以上、彼らの狙いの本線は、「年功給」の増加を抑え、「能力給の範囲を拡大する」という口実でで賃金カーブの若年層へのシフト(是正)を図ろうと考えていることを狙っていると考えるのが妥当でしょう。


トヨタ、若手の賃金手厚く 工場従業員対象、年功部分を圧縮 人材確保へ待遇改善 :日本経済新聞

 「ふーん、そうか」と思ってしまいがちですが、ところが実は、「能力給」の適用それ自体が賃金カーブの「是正」に繋がる訳ではありません。

 年齢給から能力(and, or)成果に基づく賃金に移行するには、いくつかの段階を経ることになります。単純化すると、第1段階は、いわゆる「年齢給」で、能力・成果に関わらず同じ年次の同期社員には同じ賃金を適用する段階、第2段階は部分的に「能力給」等を導入し、「同期の間で評価により差をつける」が、年次毎の賃金予算管理自体は継続する段階、第3段階は期をまたいでの分散化、すなわち年次管理の放棄(年次、年齢をを考慮せずに能力・成果のみで賃金を決める)という3つのフェーズが考えられます。

 実は新興IT企業では、1,2段階をすっ飛ばして第3段階の運用を行っている企業がほとんどです。少なくとも私の知る限りで、(現場管理職の思惑・運用はともかく)1、2の段階を標榜して人事評価・報酬制度を設計している会社は聞いたことがありません。

 一方で、それはあくまで知識・スキルの陳腐化が激しいIT業界だからこそ通用するものであり、これまでの長い歴史と伝統のある製造業や、(一部の)サービス業などでは、経験年数≒スキルの蓄積であり、年齢・経験年数にほぼ相関して賃金が決まるのは妥当性がある、という意見もあります。私が以前に聞いて納得した話は「電車の運転士さん」の話で、たまたま乗った電車の運転士が若手であろうがベテランであろうが乗客をそれを選ぶことは出来ないし、鉄道会社の収益が運転手の技量によって(瞬間的に)上下することは考えづらい。ただし、一方で、ベテランのスキルを若手にTransferすることは会社としては非常に重要であり、その意味においてベテランの経験は重宝されるし、経験の蓄積は経験年数にほぼ比例するので、結果として年功給は個別のスキルと概ね相関をしているのであり、単純に年功(的)賃金がすべて間違いであるとは言い切れない、と。

 おそらく、製造業の現場でも同様の話ではないかと思います。しかし、一方で、自動的に賃金が決まる年齢給と、能力給等の年功的適用を評価者の裁量により運用として行うのは似たようで異なる話です。前者では評価による裁量の余地はありませんが、後者は、能力・成果に応じた個別の従業員評価により、賃金に差をつけることが可能になります。経営の裁量としてハイパフォーマーを引き上げ、ローパフォーマーをさぼらせない(そのような評価を評価者が出来る能力がある前提ですが)ためには、後者の仕組みに基づいて「個人で評価に差をつける」必要が出てくるのです。
 
 トヨタにおいては、(日経によれば)1989年において、「能力給的な要素を取り入れた」賃金見直しを実施しているそうなので、(程度はともあれ)その時点で第2段階への移行はある程度されたと推測されます。そして、同期の間で処遇の差は付けていても、賃金管理は各年次毎で区切る年次管理で行っていたのでは、と思われます。○○年卒という母集団毎に区切り、その中で配分する予算を決め、能力評価によって個人ごとの差分を付けていたというイメージです。

 その上で、今回「賃金体系の見直し」を行う意図は何かという事になります。もし第3段階に移行するのだとすると、差分は「年次管理」の考え方に対する違いとなります。第3段階では、年次管理を無くし、同じJob Grade=職階毎で母集団管理、予算管理を行います。第2段階では、いわゆる「世代間の優劣」は考慮されず、各世代ごとの予算が予め決められ、同期の中で評価に従って配分が決まる仕組みです。一方で、第3段階では「世代」・「同期」の発想、「年次管理」の考え方は無くなるので、入社年次・勤続年数に関わらず評価・報酬が決まります。

 実はこれは非常に重要な話で、年次管理の思想が無くなると、年次別での「生涯賃金」を算出することが不可能になります。第1段階では、年齢ごとの賃金テーブルがあり、それを足せば個人毎、年次毎の生涯賃金の予測は可能でした。第2段階では、個別には評価によるばらつきが発生するのですが、少なくとも年次別の平均の賃金総額の予測は可能です。ところが第3段階では「年次管理」が出来ないために、もはや同期・同年次の平均賃金がどのように推移するかは予測不可能になってしまいます。

 そうなると、これまで使ってきた「賃金カーブ」という理屈も成り立たなくなるのです。

 そう考えると、もしトヨタが今回の賃金体系の変更で第3段階まで踏み込むのであれば、わざわざ「賃金カーブ」の話を持ち出し、そのグラフまでマスコミ各社に配布して今回の賃金体系の見直しをアピールするのは不自然です。

 話が意外と長引いてしまいましたが、この話、続けます。

トヨタ自動車の「賃金体系見直し」について(3) - hrstrategist’s blog

トヨタ自動車の「賃金体系見直し」について補足(賃金カーブ等) - hrstrategist’s blog

トヨタ自動車の「家族手当見直し」の件について(あれから半年後) - hrstrategist’s blog


※「賃金カーブ」については以下のエントリもご一読ください。

「定期昇給」「賃金カーブ」を疑え! - hrstrategist’s blog