hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

「同一労働同一賃金」判決から学ぶこと(2)

 こんにちは、みぜん合同会社 組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 前回のエントリから間隔が空いてしまい、その間に「働き方改革関連法」が成立し、来年2019年4月から施行されることが決まるという大きなニュースもありました(これについては改めて解説する予定です。

www.mhlw.go.jp

 前回は、同一労働同一賃金に関連する2つの訴訟(ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件)の最高裁判決の内容を紹介しました。

hrstrategist.hatenablog.com

 本エントリでは、この判決が実務上どのような意味を持つか、企業の立場ではどのような視点で捉え、実務でどう対応すべきかを解説したいと思います。

 まず注目すべきは、これらの判決内容が、安倍首相の「私的諮問機関」である「働き方改革実現会議」が2016年12月に発表した「同一労働同一賃金ガイドライン案」の示した基準に概ね沿った内容であるという点です。

同一労働同一賃金ガイドライン案」については、以前Blogで触れました。

hrstrategist.hatenablog.com

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 上述した「働き方改革関連法」においても「雇用形態にかかわらない公正な処遇の確保」が重要な改正ポイントとなっており、この「ガイドライン案」も、法案成立を受けて最終的には法的拘束力のあるガイドラインとして施行される予定だそうです。

「本ガイドライン案については、今後、関係者の意見や改正法案についての国会審議を踏まえて、最終的に確定するものです。」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000307111.pdf

 つまり、行政・司法双方で、「同一労働・同一賃金」の議論に関し、当面の「落としどころ」が想定され、それが判決・法律という形で具体的に反映されていくということになります。

※ちなみに、ここで使われている「同一労働同一賃金」というフレーズが、本来の意味と異なった形で使われているという点は、前記の私のBlog記事で下記の通り触れています。

「どうやら言いたいことは、「正規」と「非正規」の格差の解消が解消された状態を「同一労働同一賃金」というフレーズで表現しようということなのでしょう。」

 これらを踏まえて、我々企業の実務家が得るべき、「教訓」的なものは何か、私が考える要素を下記にいくつか挙げてみます。

1.異なる雇用形態・処遇であるにも関わらず、同一の業務を行わせている場合、それは労務トラブルとなるリスクがある

 これについては、「働き方改革関連法」において、「短時間労働者・有期雇用労働者・派遣労働者について、正規労働者との待遇差の内容・理由等に関する説明を義務化」せよとされています(上記厚労省のページより)。
 
 トラブルを避ける最も確実な方法は、「同一の業務を行わせない」ことです。たとえ同じ部署であっても雇用形態によって担当する仕事が明確に区分され、文書化されていれば、問題はありません。

2.処遇の差異の理由を論理的に説明出来るようにしておく

 とはいえ、例えば配属されたばかりの新入社員に、業務を覚えるOJTの一環として、パートタイマーさんと同じ仕事をしてもらう、というケースも想定されます。外形上は「同一の業務を行っている」状態となってしまいますが、処遇の差異の理由として、ここで(まさにこの訴訟で示された理由である)「転勤・出向の可能性」「中核を担う人材として登用される可能性」(もちろん、これらの差異はあるという前提ですが)をしっかりと説明できるようにしておく事は重要です。

 逆に、この点を曖昧のままにしておくと、訴える側は間違いなくその弱みを攻めてくるでしょう。

3.中長期的には本来的な意味での「同一労働同一賃金」的な制度設計を目指すべき

 本来、「同一労働同一賃金」とは、年齢や勤続年数にも関わらず、同じ仕事をしていれば同じ賃金とすべきという意味なので、雇用形態が同一の正社員同士であっても年齢や勤続年数が異なるという理由で賃金が異なる(多くの会社における)報酬体系は本来は「同一労働同一賃金」的ではないと断言できます。

 ところが前述した通り、わが国の政府はこれを(おそらく意図的に)「「正規」と「非正規」の格差解消」という別の意味で、限定的に使っています。なぜなら、本来の「同一労働同一賃金」を実現しようすれば、それは「終身雇用・年功序列」的な日本企業の報酬体系の全否定となってしまうからです。

 従来年功序列型賃金だった会社を一気に同一労働同一賃金型に変更する、という思考シミュレーションをしてみましょう。大まかに以下3つの方法が考えられます。

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①同一労働をしている中で一番賃金の高い人の賃金水準に全部合わせる(報酬を上げる)
②(人件費総額や労働市場の相場を鑑みて)適切な報酬水準に全部合わせる(人により報酬は増減)
③上記と同様の方法で報酬水準を決め、その水準への変更に応じない人は解雇する
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 詳しく説明はしませんが、いずれの手段も(少なくとも現在の社会環境・法制度の下では)現実的ではないことは否めないでしょうし、これを可能にするための改革(「大幅な減給を認める」「解雇要件を緩和する」)は社会的に容認されないであろうという政府の判断に関しては理解できなくもありません。

 とはいえ、それが「あるべき本来の姿」かというと、そうは思えません。また、大きな変化に最も激しく抵抗・否定をするのは、今の状況で得をしており、変化によって個人的損をする「既得権者」です。

 以下の記事にも書いたように、企業が本質的に追求すべき人事制度は、「ローパフォーマーにとっては居心地が悪く、ハイパフォーマーにとっては成果が報われる制度」であるはずです。

hrstrategist.hatenablog.com

 まだ社歴の若いベンチャー、であれば、本来の意味での「同一労働同一賃金」を標榜することは容易ですし、現状がそうでなくても今から方向を修正することは十分可能です。

 一方で、社歴の長い企業などでは、従来の報酬体系をドラスティックに変えることは容易ではないと思います。しかし、そのような時にも、たとえ多少時間が掛かっても、本来の「同一労働同一賃金」的な思想に基づいて報酬体系制度を漸進的に改善していく努力はすべきであると私は考えます。

4.同一労働同一賃金ガイドラインとの比較

 両判決が「同一労働同一賃金ガイドライン案」の示した基準に概ね沿った内容であるという点は前述しましたが、より詳しく中身を見ると、必ずしも全て同じではありません。

 基本給について(諸々の理由を勘案して)差分を認めるのは同様です。手当に関してもほぼ同様なのですが、「ガイドライン」で例示されていない家族・住宅手当(差分を認めた)に関しては、裁判所は議論を回避したのでは、とも思えます。とはいえ、地裁で負けて住宅手当を廃止した日本郵政の事例(下記)もありますので、本来的には、これらの手当も、それを存続させる正当性を(高いレベルで)証明出来ない限りは、無くしてしまった方が本質的ではないでしょうか。

「企業が手当に充てている原資を基本給に回すほうが、社員にとってはありがたいのではないだろうか。」

www.itmedia.co.jp

 一方で、賞与の扱いについては考慮が必要です。本ガイドライン案では、

「会社の業績等への貢献に応じて支給しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の貢献である有期雇用労働者又はパートタイム労働者には、貢献に応じた部分につき、同一の支給をしなければならない。」

としていますが、両判決ではそこまで踏み込んだ判断をせず、基本給等と同様に「差分を認める」扱いとしています。

 ガイドライン案では、企業の現状と比べて「踏み込んだ」感じがありましたが、運用上どこまでが「セーフ」で、どこからが「アウト」となるのかは不透明である、というのが私の感想です。どこまで「ガイドライン案」にある「同一の貢献」を厳密に判断するのか、これは通達なり、判例なりが出るのを待つしかなさそうです。

 最後に結論です。各企業において、自社の人事制度を見直す際の注意点として、現状の制度を存続するにせよ、改正するにせよ、その制度の合理性を論理的に説明する「ロジック」を持つ必要があるということです。自社の経営理念・戦略(組織・人事戦略もこれに含まれます)と整合した仕組みであるか、かつ、それが法的・判例的に許容されるものか、
という観点で現行の人事制度を検証し、適切なスピード感で随時仕組みを改正、改善していくことが経営陣、人事に求められます。

 成長企業、ベンチャーではこの一連のプロセスを社内リソースで内製することが難しいかもしれませんが、そのような場合には、ぜひ「組織人事ストラテジスト」(私のことです(笑)の活用をご検討ください!!

 では、Have a nice weekend!