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組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

「夢は正社員」!?(2)正社員を「辞められない」「辞めさせられない」問題

こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 今週の週刊ダイヤモンド12月20日号、特集「労基署がやってくる!」を読みました。
(従業員を雇っている会社の経営者と人事担当者は読んでおいた方が良いです。)

http://dw.diamond.ne.jp/category/special

私自身が感じた感想は、

「企業としては当たり前のことを当たり前にすることが肝要」

ということです。そのためには企業の経営者が何が「当たり前」かを理解することが大事なのですが、なかなか「自分ごと」として認識いただくのは簡単でないのも事実です。それを伝えるのが私の仕事、ということで引き続き頑張りたいと思います。

 さて、前回のエントリでは、民主党の「夢は正社員」というコマーシャルから、「正規雇用」と「非正規雇用」の正確な定義とその違いについて調べました。

「夢は正社員」!?(1)正規雇用と非正規雇用の違いについて - hrstrategist’s blog

 正規雇用≒正社員と非正規雇用非正社員を分けるのは「雇用期間の定めの有無」であり、また「正」「非」という表現は身分・序列的な概念を(少なくともこれまでは)表すものであったのではないか、というのが私の意見です。

 今回はこの話の続きとなります。

 「期間の定めのない」労働契約が「正」の身分であり、「期間の定めがある」のが「非」の身分であるという序列認識が日本の社会で一般的であるとすると、(「正」の実態がどうであれ)皆が「正社員」という、より高い序列を目指すことも同様に「正」であるという考え方は合理的に説明できます。

 これまでの判例により、正社員の「身分」は守られています。ゆえに(法令遵守が強く求められる)名のある大企業に一旦正社員として雇われれば、それは大きな「既得権益」となります。会社は容易にクビを切れません。かつ、大企業と中小企業の生涯賃金の格差は厳然と存在しますし、「正規雇用」と「非正規雇用」の賃金格差も同様に存在します。

 よって、報酬面で考えれば、より生涯賃金の高い「大企業の正社員」に就職し、その会社で定年まで勤め上げることが理想であり、「学歴社会」の中で新卒採用で雇ってもらいやすい「一流の大学」に入学するために子供の頃から頑張って勉強しましょう、というロールモデルもこの流れで出来上がったものと考えて良いと思います。

 しかし、このような終身雇用を前提とした「士農工商」的身分・序列の価値観を逆手に取って悪用する形で、会社の側、従業員の側の両方に様々な問題が出てきました。

 従業員側の問題としては、例えば「働かないオジサン」問題があります。多くの会社で、ほとんど会社に貢献していないにも関わらず、高い給料を取っている従業員が存在します。彼らのうち多くは自分が会社の役に立っていないことを認識した上で居直っているのです。なぜならば、会社はローパフォーマーをクビにできないし、時には給料を下げることも出来ないのですから。会社への貢献度に関わらず「正社員」の身分は守られるので、仕事に対するやりがい・満足感を求めず、完全に割り切ることが出来れば良いのです。

なぜ「働かないオジサン」はクビにならないのか-法律は「彼」をどう守っているか?

http://blogos.com/article/97913/

 このような人達がいる会社は、彼らを養う余裕がある、それなりに利益が出ている優良企業であることが多いです。そのような会社に入ってしまえば、本人の能力、実績に関わらず、(好業績が続く限りは)定年までの賃金が保証される訳です。もちろん活躍すれば出世と高い賃金を得ることが出来るかもしれません。「一流企業のサラリーマン」というのはローリスク・ハイリターンの恵まれた特権・身分を得ている(少なくとも以前は)のです。

 また、企業以外にも、「働かないオジサン」が問題の職場があります。それは公務員です。公務員は本当の意味で身分が保証されていますし、賃金も年功序列で上がり続けます。一方で近年はどこも予算の制限が厳しいため、正規雇用の公務員数を絞りつつ、「臨時職員」などの名目で非正規雇用した人達を安い賃金で働かせているという構図が見受けられます。

ワーキングプアを自治体が作っている | オリジナル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

 一方で会社側の問題もあります。いわゆる「ブラック企業」問題です。このような会社は、世間での「正規雇用こそが正しい働き方である」「一旦手に入れた正社員の身分を手放すべきではない」という風潮を利用して、社員に対して、「正社員だからあなたは幸せ」「正社員で雇ってもらうだけありがたいと思え」「辞めたら負け」というメッセージを発し続け、従業員を洗脳します。

 これを受けて従業員(正社員)は、苦しい労働環境で働く自身を正当化するような(「認知的不協和」ですね)考えを持つようになります。「自分は一流企業のサラリーマンほど恵まれていないが、「非正規雇用」よりはマシな身分である」「だから辞めてはいけない」と。こうしてブラック企業は従業員に付けこみ、労働力を搾取した上で、疲弊した従業員を「耐えられないのはお前が弱いからだ」と、使い捨てしていくのです。

 このようなブラック企業が跋扈する大きな原因の一つは、「正社員であれば幸せ」「非正規雇用は半人前」という世間一般的な価値観にあると私は考えます。本当であれば、ろくでもない会社だと思えばさっさと辞めて、次の会社を探せば良いのですが(そうすればブラック企業には人が残らず、淘汰されます)、それをさせない社会的な同調圧力が存在しているのではないでしょうか。

 正社員の身分を失うことによる、「社会的に認知されないのでは」「一度就職に失敗すると再び正社員になれないのでは」という不安(金銭的不安はアルバイト等・失業給付等で短期的には解決可能であり、本質的な問題ではありません)が、ブラック企業の従業員に「辞めること」をためらわせるのです。ましてや、自身の能力・スキルに自信が無い個人が世間で一般的な価値観に逆らうのは、なかなか容易ではないでしょう。

 でも、結局はブラック企業の存在は、それを許してきたこの国の文化、価値観に深く紐づいている以上、そこに切り込んでいかないとこの問題の解決はなかなか難しいと思います。すべきことは、このような企業に対する労働力の供給をいかに止めるかです。

 さらには、先ほど出てきた、「働かないオジサン」系企業でも「辞められない」ことが原因の問題が発生します。うつ病などの「メンタル疾病」です。実際にある産業医の方から聞いた話なのですが、だれもが知っている某大企業では、メンタル疾病の発症率が他社と比べて非常に高いそうです。

 歴史的な経緯もあり労働組合がとても強いので、その会社では(貢献度に関わらず)好処遇は保証されています。一方で、旧態依然の職場では理不尽なことも多くて辛いのですが、会社の知名度・好処遇の「身分」を捨てることを家族に許してもらえず、どんなに辛くても会社を辞めることができないために我慢し続けた結果、メンタル疾病を発症してしまうという事のようです。これもまた、「正社員」という身分の重さゆえの悲劇なのではないかと思ったりします。

この話、まだ続きます。

「夢は正社員」!?(3)「期間の定め」をなくしたら - hrstrategist’s blog