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hrstrategist’s blog

組織人事ストラテジストのつぶやき、業務連絡など。。

働き方改革実現会議 「同一労働同一賃金ガイドライン案」 について(1)

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。大変ご無沙汰しております。なかなかBlogに書きたいネタと執筆に踏み切る気力が不足し、更新が間隔が空いてしまいましたが、ようやく大物ネタが(笑)。

 安倍首相の「私的諮問機関」である、「働き方改革実現会議」において、12月20日に「同一労働同一賃金ガイドライン案」というものが発表されました。

働き方改革実現会議 - Wikipedia

www.nikkei.com

 この「ガイドライン案」、21日の日経新聞朝刊などでも1面で報道されていますが、一次資料はこちらになります。双方とも10数ページの分量なので、興味のある方は一度目を通されることをおススメします。

 第5回 働き方改革実現会議

働き方改革実現会議 議事次第

 同一労働同一賃金の実現に向けた検討会 中間報告

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou2_2.pdf

同一労働同一賃金ガイドライン

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai5/siryou3.pdf

 上記の報告書を読んで気付いた点をいくつか取り上げ、いくつかコメントしたいと思います。

■そもそも「同一労働同一賃金」とは何を指すのか

 Wikipediaによれば、同一労働同一賃金とは、以下について指すそうです。

「同一の仕事(職種)に従事する労働者は皆、同一水準の賃金が支払われるべきだという概念。性別、雇用形態(フルタイム、パートタイム、派遣社員など)、人種、宗教、国籍などに関係なく、労働の種類と量に基づいて賃金を支払う賃金政策のこと。」

同一労働同一賃金 - Wikipedia

 概念としては理解できますが、具体的にこれを適用しようとすると、「同一の仕事(職種)」「同一水準の賃金」とは何か?を厳密に定義していく必要があります。ところが、実際にはなかなか簡単ではありません。上記「中間報告」ではこれについて、

「実は、どこまでが「同一の労働」とみなすべきなのか、何が揃えるべき「賃金」なのかと考えていくと、この同一労働同一賃金の考え方あるいは原則を、厳密に定義することはなかなか難しい。」(1ページ)

 としています。私と同じ考えですね(笑)。

 「中間報告」では、以下のようにも書いています。そもそもの問題は「正規」と「非正規」の処遇格差である、ということですね。

「正規・非正規間の待遇格差が大きいことが、大きな問題であることは、検討会のメンバーとして共有する問題意識である。」

「不合理な格差を是正し、非正規社員の待遇を改善させることが強く求められる。」(いずれも1ページ)

 一方で、「ガイドライン案」には以下の表記があります。

同一労働同一賃金は、いわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものである。」(1ページ)

 なにやら日本語として意味が通っていない(苦笑)のですが、どうやら言いたいことは、「正規」と「非正規」の格差の解消が解消された状態を「同一労働同一賃金」というフレーズで表現しようということなのでしょう。政府の中の誰かが思いついて、検討会のメンバーが仕方なく付き合わされているニュアンスが「中間報告」や「ガイドライン案」の文章から滲み出ているように感じます。。

■Top Downか、Bottom upか
 「同一労働同一賃金」≒「正規雇用労働者と非正規雇用労働者の処遇格差解消」をどう進めていくのかについても「中間報告」では言及しています。

「日本でも長期的にみれば、企業横断的・雇用形態横断的に賃金が決定される、あるいは比較検討ができるようなシステムに移行していくことが、同一労働同一賃金を結果として実現させるための一つの方向性という考え方もできるだろう。その考え方に沿って整理するならば、労働市場改革を進めていく必要性も大きいといえる。」

「しかし、それを実現させていくためには、段階的に進めていく必要があるし、また長期的な方向性の在り方については、より慎重な検討も必要であろう。ただし、検討が必要と言って、何もせずに放置しておく期間が長くなること自体も問題である。」(いずれも2ページ)
 
 つまり、「同一労働同一賃金とはこうあるべきである」という方針を示し、それに向けていろいろと改革すべき、というTop Downのアプローチは実行に時間が掛かるし、そもそも国民の中で労働市場改革によって目指すべき「あるべき姿」のコンセンサスが現時点で全く取れていないという現状を鑑みると、それよりもBottom upのアプローチで「手を付けやすい所、できる所から変えていこう」「そのためのガイドラインを示そう」というのが今回のアプローチである、ということなのでしょう。

「(1) 正規社員・非正規社員両方に対し、賃金決定のルールや基準を明確にし、
(2) 職務や能力等と、賃金を含めた待遇水準の関係性が明らかになり、待遇改善が可能になるようにすること。
(3) そして、教育訓練機会を含めた「能力開発機会」の均等・均衡を促進することで一人ひとりの生産性向上を図ること。
これらの柱が、日本が同一労働同一賃金に踏み込み、非正規社員の待遇改善を実現させるためのポイントであり、ガイドラインはそのための重要な手段であり第一歩として位置付けられる。」(中間報告2,3ページ)

※このエントリ、まだ続きます。

hrstrategist.hatenablog.com

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WELQ問題と、感じる既視感(組織の「あるある」)

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。今日の東京地方は真冬に近い寒さですね。電車に乗っていても咳をしている人も目立ち始めていますので、体調管理には気を付けたいものですね。

 さて、ネット界隈で盛り上がっている、DeNAが運営する「ヘルスケア情報を扱うキュレーションプラットフォーム」である(らしい)「WELQ」の問題です。

blogos.com

www.buzzfeed.com

 各所からの批判を受け、DeNAは11月29日に「全ての記事を非公開」という処置を行ったようです。

 問題とされているのは、このサイトに掲載されている記事の多くが不正確で問題のある「医療デマ」であり、かつ他のサイトから内容をパクりつつ文章をリライトしている(らしい)ことのようです。

toyokeizai.net

togetter.com

note.mu

 私はこの件については専門家ではありませんので、「何がどう問題か」については上記の記事等をご覧いただければと思いますが、私が興味を持ったのは、「なぜ、こんな公序良俗に反する(と思われる)ことを、これまでDeNAは堂々とやっていたか」です。

 実際にDeNA社員に直接ヒヤリングをした訳ではないので、以下はあくまで憶測に過ぎませんが、「だいたいこんなことが起きていたんだろうな」と私自身の過去(に所属したいくつかの組織で)の経験上、既視感があり、ある程度想像ができますので、妄想をしてみることにしました。

■経営トップは無関心だった(のでは?)
 概ねこの手の問題が起きる場合、いわゆる「企業ぐるみ」で故意に悪質なことを行っているケースは意外と多くありません。おそらく経営トップ(社長や創業者の方ですね)は、この事業に関して熱意・関心は高くなかったのではないかと推測します。もし日頃から関心を持って記事の内容を見ていたら、「こんなのを流していたらマズい」、かつ、「自社のブランドに悪影響を与えるのでは」という認識は働くはずです。ところが、外部に指摘されるまで自浄作用は働かず、対応も後手に回っていることから察するに、トップは事業の収益やKPI等の「数値」だけをチェックしており、サービスの中身には全く関知していないし興味も無いのでしょう。日頃からサービスを見ておらず、状況を理解していなかったが故に、問題が拡散し「炎上」するまで危機感を持てず、適切な対応の指示を出せなかったのだろうと思われます。

■他部署の社員は冷ややかに見ていた(のでは?)
 恐らく多くの社員はこの問題を以前より認識しており、「まずいよな」と思っていたはずです。一方で、彼ら彼女らには他部署がやっているサービスに口を出す権限はありませんし、そもそも自分の仕事で忙しいので、わざわざそのようなお節介なことをするインセンティブもありません。社員数十名の会社ならともかく、もはや社員数数千名の大企業ですから、いち担当者が声を上げたところで事態が変わるとも思えませんですし。

■担当部署の社員も、嫌々やっていた(のでは?)
 彼ら彼女らも所詮はサラリーマンです。上司に指示命令されればそれに逆らうことはなかなかできません。特に新卒入社の若手社員にとってはなおさらです。まだ自分の価値観を確立していない若い人達にとっては、経験豊富で、かつ人事権を持つ上司に対して、「それはおかしいでしょう」「やりたくありません」と主張することがいかに難しいかは想像に難くありません。
(先日の電通過労自殺の件も、「逆らえない」という意味では、似たような状況だったのでしょう)

hrstrategist.hatenablog.com

■ではだれが悪いのか?
 確信犯的に意図して、この方向性を指示しているのはごく限られた人でしょう。具体的には事業の損益に責任を持つ事業責任者(と数名の取り巻き)です。その目的は、自身の手柄を誇り、経営者により高く評価をしてもらう(結果として高いRewardを得る)ことです。「自分の都合」を優先する人がリーダーの座に付いて大きな権限を握ってしまうと、このような事態は起こってしまいがちという典型的事例であると見受けられます。 
(あと、「いったい法務は何をやっているんだ」という話もありますが)

■これからどうなる?
 先日のPCデポの事件の際に、事件発生後の会社の自浄作用に関して、以下のようなコメントを書きました。同じことがDeNAにも当てはまるのではないでしょうか。

「その「実績」を基に社内で出世し、大きな権限を持つようになっているでしょう。たとえ、会社が過去の行いを懺悔し、悔い改めると宣言したとしても、経営陣が積極的にその人たちを要職から外すことは期待できません(これまでの業績を築いた手法を否定するという事は、今の経営陣の存在価値を自己否定することになりかねません)。

 結局、経営陣も含めて皆、「同じ穴のムジナ」だからです。会社が「方針を転換する」と謳ったところで、従来のやり方でのし上がった人達がいままで通り自分の上司として残るのであれば、従業員はその人たちのいう事を無条件に信じることができるでしょうか。」

hrstrategist.hatenablog.com

 DeNAに関しては、数年前にも「コンプガチャ」が社会問題になったこともありました。この手の問題が繰り返されるという事は、そもそも企業の組織文化、姿勢に問題があるのではないかと疑われても仕方がありません。もしそうでないのなら、このような事件の再発を防止する抜本的な対策を打ち出し、トップのコミットの元、(評価・報酬の仕組みの見直しも含めた)組織文化の改革をトップダウンで推し進めていかなければならないでしょう。

 「多くの人に、長期的に、ウソをつき続けることはできない」と仰っていたのは、確かライフネット生命会長の出口治朗さんだったと思います。「医療情報」という、社会的に影響の大きい問題でもあり、企業の姿勢が問われています。

 

※追記

本件に関し、DeNA守安社長のインタビュー記事が出ました。私の妄想、ほぼ全部当たっていたようですね。。(12/1)

jp.techcrunch.com

 

記事掲載:「企業の成長の鍵を握る"戦略人事"という考え方。」 Business Nomad Journal

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。今年の東京地方は10月の初めまでは暑い夏の延長で、そこから本当に短い秋が通り過ぎて、ひと月強で既に冬の気配を感じる寒さに突入してしまいましたね。今日あたりは天気も良くて小春日和という感じですが、そういう時に限って1日中自宅に籠って作業をしております。。

 Blogの更新も滞りがちですが、本日は記事掲載のお知らせとなります。

 以前に連載を持たせて頂いていた、Business Nomad Journal様より取材いただき、記事にして頂きました。恥ずかしながら独立起業に至るまで私が辿ったキャリアと、組織人事ストラテジストの視点から「企業の成長を阻害する要因」について話をしております。

「(MBAを取った理由は)経営者から見ると、私がいくら良いことを言っても、一担当者が思いついた意見としか取ってもらえない。そこに説得力を持たせていくには、体系立てた知識が必要だし、経営の勉強ももっとしなければならないと考えたのです。」

「(組織人事ストラテジストの役割は)経営理念・経営戦略を達成するために、どんな組織が必要であり、どんな人材が何人いるのか、そういったことを経営者・人事責任者と一緒に考えていくのです。」

「会社が成長するには、どんな組織が必要かを考える。いまある組織や人事の課題に優先順位を付けて、どのように取り組んでいくかを提案する。それがわたしの仕事です。」

「社員数が増え、間に中間管理職である「マネージャー」がはさまるようになると、途端にそれができなくなります。社長の考えや想いが社員に届かなくなる。これが第一の成長痛です。」

「社長は本気で理念を実現しようと信じているのか、そして、今自分たちがやっている仕事は、本当にその理念の実現のためのものなのか。「理念」と「今の自分の仕事」を繋ぐ「ストーリー」を社員は求めているのです。」

「数百人規模になったら、事業部制の採用などで適正規模の組織の多重構造を作るのです。」

「確たる戦略もなく、社長自身の思い付きでコロコロと違うことをやっていると、サイレントマジョリティである残りの社員は白けてしまいます。」

「(人事評価は)大くくりでの「貢献度」を考えるんです。これは「いなくなったら困る度」と言いかえてもいい。その人がいなくなったら、どれくらい困ったことになるのかで考えてみる。」

「組織や人事の課題は、問題が表面化してからの対応では莫大な手間と費用が掛かる場合があり、未然に問題の芽を摘み、防ぐことが大事です。」

bn-journal.com

bn-journal.com

ぜひご一読を!

近況報告と、過去のエントリのページビュー(PV)を見て思うこと。

こんばんは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 「最低でも毎週更新!(実は当初は週2回でしたが)」を目標に、2年前よりBlogを細々と運営しておりましたが、前回の更新から3週間空いてしまいました。言い訳としては、目先のタスクの対応に追われて、Blog更新のための時間を捻出することの優先順位が下がってしまったということなのですが、そうは言っても少し放置過ぎたという反省もあり、取り急ぎ、軽いネタではありますが、エントリの更新をしたいと思います。

 という訳で、ちなみに、この件について覚えがありますでしょうか?

hrstrategist.hatenablog.com

 このエントリは、8月下旬にアップしたのですが、後に9月にTwitterで何名かの方にリツイートしていただいたおかげで、9月には多くのページビューを獲得しました。

ところが、Google Analytics で、ページビューを確認すると、8月から9月に10数倍に増えたページビューは、10月には一気に、数十分の1まで激減しているのです。

 確かに、私の記憶の中でも、正直なところ「PCデポの話」は半分忘れかけている事象ではありますす。とはいえ、月単位でこれほど極端に(残酷なまでに)人々の反応(関心)が変わるという事実を知ることができたのは、私にとって大きな学びでした。

 一方で、以前に書いたエントリが、徐々にPVを上げているという事例もあります。例えばこちらです。

hrstrategist.hatenablog.com

 このエントリは、2015年1月に書いたのですが、月間のPVで比較すると、先月(10月)では、当初から数十倍となっています。これは大変嬉しいですね。

 こうして自分が書いたBlog記事を観察しますと、いろいろと気づくことがあります。一時のトピックに反応した形での記事(PCデポ等の)は一時的にPVを稼ぐことができますが、中長期的にはほとんどの方にとっての関心の範疇から外れてしまいます。

 一方で、上記の経営理念のネタのような普遍的な話題は、一時的な爆発力は期待できませんが、一方で継続的に関心をもっていただくことが出来るのだという事です。

 自身のBlog投稿のスタンスとしては、旬のトピックと普遍的なトピックをバランスよく提供していくことが大事だな、と改めて実感いたしました。まあ、大前提として、しっかりと定期的に記事を更新することが重要なのですが。。

 しばらく地味ながら忙しい日々が続きそうな予定ではありますが、できるだけBlogに関しても更新を続けて行ければと考えております。

 今後とも引き続きよろしくお願いいたします。

「ランチ選び」と「人選び」

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 今回のネタは「ランチ」の話です。みなさまは日々どのようなランチをお召し上がりでしょうか?お勤めの方は、社員食堂があればそちらを利用される方が多いかもしれませんね。社食がない場合は近所のレストランや弁当屋、コンビニで済ませたり、または手作りのお弁当を持参される方も少なくないでしょう。

 かく言う私自身も、若い頃には自分で弁当を作っていた時期がありました。当時は安月給で、コスト削減のために「弁当男子(当時はそんな言葉はありませんでした)」を始めたのです。中身はもちろん「男の料理」ですが、自分で作って食べる分には見た目など気にしなくても良いし、自分で必要な栄養を考え、食べたいものを自分で作って食べるというのはある意味合理的だと感じていました。

 ともあれ、毎日のランチで何を食べるかという意思決定はなかなか悩ましいものです。「食べたいものか否か」だけでなく、「価格」「量」「時間(短い時間で済ませたい時もあります)」「手間(お店への距離や並ぶ手間など)」など様々な条件を無意識に考え(っていう表現は正しいのかな?)、優先順位を付けながら、今日はランチに何を食べるかを決めるのです。「昨日は中華を食べたから、今日は和食にしよう」という感じですね(お弁当を作ってもらっている人は、作っている方が代わりに考えてくれているはずです)。

※以下、余談です。
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 そういえば、牛丼の吉野家の「うまい、やすい、はやい」という有名なキャッチフレーズはまさにこの意思決定の要素そのものですね。
※なお、時代と共に上記の順番(=優先順位)は変わっているそうです。
「うまい、はやい」→「はやい、うまい、やすい」→「うまい、はやい、やすい」→「うまい、やすい、はやい」
確かに、キン肉マンがアニメで歌っていた順番は「はやい、うまい、やすい」でしたね(40代の元男の子しか分からないかも)。。

www.yoshinoya-holdings.com

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

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 さて、ランチに何を食べるかを決めるためには、「食べる目的」について、短期と長期の両方を頭に入れておく必要があります。

 短期の「目的」とは、「空腹を満たすこと」です。これは理解しやすいですし、実際にその場でお腹はすいている訳ですから、忘れることもありません。

 一方で、長期の「目的」である、「健全な体を作るために十分な栄養を過不足なく取ること(健康維持)」を実現するためには、長期的に「適量」で、「栄養バランスの優れた」という条件が必要になるでしょう(人によってはより細かい条件があるでしょうが、そこは今回の本題でないので省略します)。これを実現するためには、ランチに限らず、できるだけバラエティに富んだ食材を、栄養のバランスを考えながら摂取することが求められます。ここで言う「長期的に」という言葉を加えた意味は、1回の食事で多少量が多くなったり、栄養が偏ったとしてもそれ自体は問題ではないということです。別の日は少なめにしたり、前回足りなかったものを補うというような方法で取り返せば長期的には問題ありません。

 それをせずに、「うまい」や「やすい」という短期の目的に適う条件ばかり優先して、同じものを毎日食べ続けたりしていると栄養のバランスが悪くなり、健康維持という長期の目的を損なう恐れが出てきます。

極端な例がこれですね。

スーパーサイズ・ミー - Wikipedia

 ところが、長期の「目的」を軽視した食事を続けていても、(上記のように極端でなければ)当人にとって差し当たり不都合なことは起こりません。「健康を損う」のは(おそらく)将来の話ですし、本当にそうなるかどうかは、実際になってみないと分かりません。

 そのため、長期の「目的」は、多くの人にとっては忘れたり、軽視・後回ししてしまいがちです。

 さて、延々とランチの話をしてきましたが、ここからが本題です。

 これって、企業における「人選び」の話と似ていませんか?

 短期の目的「空腹を満たすこと」は、イコール、「人員不足の補充」です。お腹が空いたからご飯を食べるのと一緒で、人が足りないから雇うのです。そのための優先順位として、「価格(採用費やその人に払う給料)」「量(人数等)」「時間(採用に至るまでの時間軸)」「手間(会社が掛けられる工数)」などの制約要因があり、かつ、加えてその人が会社にとって「おいしい(一緒に働きたい)」かどうかで採否が決まる訳です。

 会社が急成長して常に人員が逼迫している状態は、いわば「腹ペコ」の状態ですから、とにかく早く空腹を満たす=人を獲る必要があります。この時には味の良し悪しなどと贅沢を言っている場合ではないので、「はやく、(できれば)やすく」採用を進めることが優先されがちです。

 ところが、この状態は長くは続きません。手当たり次第に食べていると、その中に腐っていたり、体に合わないものも混ざっていたりするものです。そう、会社もお腹をこわすのです。「大量採用、大量離職」の会社は、まさにこの状態です(想像して下さい)。もしそこまで行かなくても、「栄養バランスの悪い(人材が偏った)」会社は組織の状態としては健全ではありません。人でいえば「メタボ」「高血圧」「生活習慣病予備軍」であったり、「やたら風邪をひきやすい」といった状態に例えることができます。

 一部の会社では、「このままではいけない」と気づきます。組織の「健康の維持」という長期の「目的」の為に、どのような人を選ばなければいけないかを考え始めるのです。そしてそれは、「ランチ」の場合と同じく、長期的な「適量」と「栄養バランスの重視」です。

 「適量」とは、いわば適材適所の人員配置です。必要な業務に必要な人員が行き渡っており、特定の部署や人員に過大な業務負荷が掛かっていたり、意味もなく余分な人員が滞留したりしていないということです。

 そして「栄養バランス」とは、「ダイバーシティ」の話に通じます。会社の発展・維持のためには多様な人材(多様な栄養素)が必要だということです。「良薬は口に苦し」ということわざもあります。好き嫌いだけで採用を判断すると危険であり、時には直感に合わない人を(ちゃんと調べた上で)採る勇気も必要になります。

 加えて「外食派」「自炊派」のどちらが良いか、という話もありますね。自炊弁当だと食材を自分で選ぶわけですから、栄養バランスに配慮をしやすいというメリットがあります(かつ、相対的に低コストです)。一方で、「手間がかかる」のは無視できないデメリットです。これは「新卒採用(材料を揃える)」と「社内研修・育成(調理する)」に当てはまります。一方で外食は、買ってきてそのまま食べる「中途採用」ですね。

 私の意見は、新卒(自炊)であれ、中途(外食)であれ、あくまで上記の「目的」を果たすための「手段」に過ぎませんから、どっちでも良く、その会社に合ったやり方で良いのではないかと考えます。

 その議論よりむしろ重要なのは、前提としての要員・人員計画とそれに沿った採用計画・戦略の策定です。

hrstrategist.hatenablog.com

 人事のトップや採用担当者の仕事は、今の自社にはどの「栄養」が足りなくて、何が過剰かを考えて要員・人員計画をまず立て、足りない部分を補うためにどのような採用と教育研修を行うかを(予算に応じて)決めることです。

 このような計画を持たずに、行き当たりばったりで活動を行うのは、「腹が減ったから満腹になるためにメシを食う」という、頭を使わない本能レベルでの活動しかしていないと言われても仕方がないでしょう。

 そして最後に、「楽しい休息時間を過ごす」というのも、ランチの目的のひとつです。採用プロセスにおいても同じように、「一緒に働く人を探す」ことが、関わる人にとって楽しい、わくわくするプロセスにしていきたいものですね。

電通過労死(過労自殺)事件について

 こんばんは、組織人事ストラテジスト 新井 規夫です。

 日本最大の広告代理店である株式会社電通に勤務していた新入社員の自殺(昨年12月)に関し、三田労働基準監督署が「労災」の認定をしたニュースが反響を呼んでいます。大変痛ましい事件です。

www.yomiuri.co.jp

business.nikkeibp.co.jp

www.corporate-legal.jp

 就職ランキングでも常に人気企業である「電通」の、東大卒の女性が当事者であるということで、多くの方に「意外感」をもって受け止められたこと、また、旧態依然たる多くの日本企業の象徴として捉えられたことなどがその理由なのでしょう。

news.mynavi.jp

 実に多くの人やメディアから様々な考察が出ておりますので、ここでは組織人事ストラテジストとして伝えたいことにポイントを絞って考察したいと思います。

■ポイント1 労災認定の意味
 「月間の残業時間105時間」という数字をみて、「その程度の残業時間なら大したことは無い」「原因は別にあるでは」などと述べている人もいたようですが、認識を間違えています。

 ご本人のTwitterの投稿を拝見する限り(後日非公開になったようです)では、実態は月105時間では済まないレベルであろうと思われます。本人から会社に申告された時間を集計すると月105時間であったに過ぎず、実労働時間はずっと多かったのでしょう。

※下記の記事によれば、時間外労働時間について労働基準監督署は「月105時間」と認定しているが、弁護士が調べたビルの入退館記録によると「月130時間」で、一方会社は社員に「月70時間」を超える時間外労働を申告しないように指導していたとのことです(10/15追記)。

mainichi.jp

 労働基準監督署は、本人の労働時間を厳密に精査はしていないと思われます。というのも、労働基準監督署は労災認定をするガイドラインを定めており(下記)、「過労により精神障害を発症し、自殺に至った」として労働災害をを認定するには「残業105時間」で十分であったということです。
(おそらく、「長時間労働」要因に加えて、心理的負荷の掛かる、パワハラ等の「出来事」があったと認定したのでしょう。)

精神障害の労災の認定」

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120215-01.pdf


 遺族はこれから会社を相手に裁判を起こすことになるでしょう。そこでより詳しく状況が明らかになります。状況的に会社の安全配慮義務を問われて裁判でも負けるのは確実でしょう。

 なお、新入社員の過労自殺、過労死という類似の事例は「ワタミ」「大庄(庄や)」などが過去にあります。いずれも労災認定だけでなく、裁判でも会社の過失を認め、多額の賠償を命じるものとなっています。また、それだけでなく、「電通」自身が25年前に同様の事件を起こしており、この件の判例は「電通事件」として有名な判例となっています。

kokoro.mhlw.go.jp

www.sankei.com

www.minpokyo.org

 なので、「電通」という社名がでると、「またか」「なぜ?」と思うのです。

■ポイント2 会社の対応の何がまずかったのか
 本件の会社側の対応の問題点は、以下の2点です。

①会社(上司)が過重労働を強要し、発症の原因(ストレッサー)となった。
②上司や同僚が本人の変化(おそらくうつ病の発症)に早く気づいて、しかるべき処置(休ませる)を取らなかった。

 本人の能力やストレス耐性等の他の原因(理由)については、現時点では分からない部分がありますが(今後裁判で明らかになるでしょう)、どんな理由であれ、本人が「死んでもよい」理由にはなり得ません。このような事態を防げなかったことに対して、(かつ労災認定までされている状況において)会社と当事者は責任を負うべきでしょう。

 そこで思うのです。この会社は25年前の事件を教訓にしなかったのか、社員が自殺したという重み、痛みをどれだけ社員は認識していたのかと。「電通事件」が再発されないように職場で語り継いでいるのか、それとも「過去の汚点」としてなかったことになっているか。25年前にしても今回にしても、関係者は何らかの責任を取っているのか、それとも不問のまま出世していったのか。。

 実際のところ、電通の経営陣・人事が過去の事件を知らない、認識していないはずはないのです。だとすれば、そこに未必の故意(または悪意がある)と思われても仕方がないでしょう。
 「同じことが起きてもまた金を払えばいいや」位にしか思っていなかったのか、それとも単に「バレなければいいや」と思っていたのか。悪質さで言えば、例えば度重なる違反が発覚した三菱自動車のような事例に似ているように(個人的には)思えます。

■今後の展開
 今回話題になったのは、「労災認定された」というニュースなので、裁判の時のように細かい事実はまだ表に出てきていません。一方で、今後本件が裁判となった場合には、いろいろな事実・情報が判明していくことになるでしょう。

 そうなれば、会社(電通)に対する風当たりは現状の程度では全く済まなくなるでしょう。下手をすると「ワタミ」のような激しいバッシングが起きる可能性もあります。関係の深いテレビはあまり踏み込んだ扱いはしないかもしれませんが、一方で、「PCデポ」の事例のように、今やインターネット上での「炎上」の影響力は侮れませんから。。

■教訓
 本件から我々(経営者)は何を学ぶべきでしょうか。何らかの形で人を雇っている経営者は、すべからく本件を、「全く他人事ではない」と認識すべきです。

 過労死の問題は、「残業代を払えばいい」というお金の問題ではありません。過重労働と職場環境の改善に関して「安全配慮義務」を果たすことは会社の最低限の義務です。そして、「最低限」のレベルに達していない会社は「ブラック企業」として糾弾されることも甘受せざるを得ないと認識すべきです。

 また、「嫌なら自分から辞めればいいんだ」と経営者が開き直るのも危険です。当人が精神疾患を発症してしまった際には、本人が合理的判断をすることが出来なくなっている可能性があります。だからこそ、上司(と同僚)がその状況にいち早く気づき、適切な対応を取ることが重要です。「安全配慮義務」は、そこまで踏み込んだ対応を会社に求めていると理解すべきです。

 最後に一言。ご本人も、ご家族も、このような事態に至ったことはさぞかし無念だと思います。故人のご冥福をお祈りします。

参考:過労死等防止対策白書

www.mhlw.go.jp

「公平な人事制度」という幻想

 こんにちは、組織人事ストラテジスト 新井です。前回のエントリからしばらく時間が空いてしまいました。東京地方は暑い夏が過ぎたと思ったら今度は台風の影響もありずっと天気が優れないですね。バイク乗りの私ですが、先日の連休に行ったツーリングでも雨に祟られてしまいました(というか、最近晴れた日にツーリングした覚えが無いなあ)。。

 さて、久しぶりにBlogオリジナルのネタを。今回は「公平な人事制度」のお話です。

 「公平な人事制度って必要だよね」と誰かに言われて、「いや、そんなものは必要ないでしょ」と言い返す人は恐らく少ないと思います。多くの人の心の中では、「人事制度は公平でなければいけない」というのは、疑う事もない「正義」であり「前提」なのでしょう。それ自体をとやかく言うつもりはありませんし、私も「不公平よりは公平であった方がいいよね」とは思いますので、方向性として賛同します。

 ただし、「その方がいいよね」というのと「そうでなければいけない」というのは、スタンスとしては異なります。では人事制度は公平で「なければいけない」のでしょうか?

 この議論をするためには、まず「公平」の定義を考える必要がありそうですね。どのような状態が「公平」であり、何をもって「公平である」と我々は判断するのでしょう?

 というような話を書こうと思って、「公平な人事評価」というワードでググってみたら、こんな記事がありました。

jinji-tackle.jp

 「公平さ」について私が伝えたいことが、ここに概ね書いてありますね。要は人々が考える「公平さ」自体が、一人ひとりの価値観によって作られる、人により異なった「主観」でしかないということです。

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「人事評価の目的は「会社のパフォーマンスを高めること」にあるのであって、「公平な評価を実現すること」ではない」

「公平である、とはどのような状態を指すのか?」

「「公平さ」は人によって大きく異なる。」

「公平さとは何かについて合意を取ることができないので、ちょうど「正義」が法治国家の裁判の主軸にならないように、公平さを主軸にすると、評価は制度として機能しない。」
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 という訳で、私が「人事制度(評価・報酬制度)の構築」をお手伝いする際に、お客様に常にお伝えしているのは、「人事制度は必要悪である」「評価とは結局は主観である」「だからこそ仕組みはシンプルに」というアドバイスです。以前に本ブログでも書いていますね。

人事評価制度なんていらない - hrstrategist’s blog

給料の決め方はシンプルで良い - hrstrategist’s blog

記事公開: 人事評価・報酬の考え方 「月刊 人事マネジメント クラウド人事部長に聞く経営人事のQ&A - hrstrategist’s blog

 また、先日のネットラジオでも同様の話をしています。

インターネットラジオ出演:ベンチャー・成長企業における、人事評価・報酬制度のあり方「楠田祐の人事アウトサイド・イン」 - hrstrategist’s blog

 ところが、人事制度のあり方について議論をすると、「人事制度は公平でなけでばダメだ!」「できるだけ評価基準を定量化・数値化し自動的に評点に直結・反映させることで、曖昧さを無くした定量評価をすべきである」という主張をされる方が少なからずいらっしゃいます。そして、「だからこそ従来と異なる、「より公平な人事制度を作るべきだ!」と(このような方を私は密かに「評価制度原理主義者」と呼んでいます)。

 一見もっともらしい主張ですが、これは典型的な「机上の空論」です。公平な評価を実現するためには「公平な評価基準」が必要になりますが、作成された評価基準を「公平である」と誰が判断するのでしょう?

 例えば、能力評価と成果評価の比率は「6:4」と「5:5」のどちらがが良いか、相対評価を実施する際に、「A評価の分布は20%と30%のどちらが良いか」という議論は、評価制度の設計の際にはよくありますが、では、どちらがより「公平」な割合なのでしょうか?

 「どちらとも言えない」ですよね。正直なところ、その比率の「公平性」を合理的に説明できる根拠などありません。所詮は方便であり、会社・経営者にとって望ましい行動を従業員が取るためにはどちらが良いか、経営者が判断するしかありません。

 そして、「公平性」を求めて「精緻で客観的な人事制度」を導入した結果、実際に現場で起きるのは、こんな事象です。

「「公平性が大事」だからと、精緻で複雑な人事評価制度を作り、評価結果が評価者の実感と乖離してしまった結果、「実感」に合わせて評点を逆引きで調整することになるというのもよくある話です。」
(上にリンクを貼った過去のエントリ(「週刊人事マネジメント」の記事)より)

 結局、「公平な人事制度」などというのは幻想だと認識し、その上で、会社・経営者にとって望ましい(=従業員をやる気にさせる)仕組みを作り上げていくのが現実的で望ましいアプローチなのです。

 ちなみに、「原理主義者」の方たちの言動をよく聞いていると、この方たちは「公平で完璧な人事制度」に従って人事評価をすれば、誰でも間違えず、簡単に人事評価ができることを期待しているように見受けられます。

 評価をされる側が、評価者の評価スキルを信用していないために(「ベンチがアホやから」と言っても若い人は知らないでしょうね(笑))、そのような主張をするのは理解できなくもありません。その人たちにとっては、最終的には「人の判断を介せず、AIで全て判断させる」のが理想形なのでしょう(そうなるまでは、まだしばらく時間が掛かりそうですね)。

 一方で、評価をする側がこの手の主張をしている場合は注意が必要です。要は、自身が下した人事評価に責任を取りたくないのです。「評価結果がおかしくなるのは人事制度が悪いせいであって、自分は悪くない(「認知的不協和」ですね)。だから制度を変えろ!」「会社の言う通りにやったから結果がどうなろうと俺の責任ではない」というロジックです。

 「どうやって評価したらいいか分からないから、人事制度で具体的に示してほしい」という主張も同じです。そういう人達は、自分は努力せず、自分の頭で考えずに、たとえ会社がどんな指針を示したところで難癖をつけて文句を言うのです。

 そういう人達は、「人を評価し育成する」という事に対して自身の意見(哲学)を持っていませんし、もっと言うと、そもそも他人にあまり興味がなく、余計な(とその人達が考える)工数を掛けるのが面倒でさぼりたいだけなのでしょう。そして、部下と真摯に向き合わない不作為によって部下たちが被る悪影響に対しては徹底的に無関心です。

 そのような上司の下で働く部下は、本当に可哀想です。「リーダシップの有無」で言えば、この人たちは全く「リーダー」とは言えませんし、そのような人を管理職にした会社の姿勢にも疑問です。

 人事制度(評価・報酬制度)でもっとも大事なのは、評価の「公平性」ではなく、その仕組みを運用することで「会社に貢献した人がきちんと報われる、「信賞必罰」になっているか」、「その仕組みにおいて、会社にとって重要な人材がより「やる気」になるか」なのです。評価・報酬制度の設計・運用では常にその点を忘れないようにしましょう。

 では、Have a nice day!